しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/05/01「なぜまたそれを私に②」

[4月30日の記事から続く]

しおかぜ町から2023/04/30「なぜまたそれを私に」 - しおかぜ町から

 

話を聞きながら、私の結論は決まっていた。

「連絡すべきだと思う」

もちろん

レジ係の心配はわかる。

吉田氏がクビになったら、

責任を感じるだろう。

逆恨みされるかも知れない。

それでも、

もし依存症なら

再発や悪化を防ぐことが重要だ。

 

それにしても、

そうは言っても、

そもそも、

『栄光苑』の所長は、

なんで、この若いアルバイトに、

そんなスパイじみたことを頼んだのだ。

 

仕方がない。

ここは、

口がうまくて世渡り上手なおっさんの出番だ。

少しくらい誰かに恨まれようが、平気なもんだぜい。

 

だいたい、レジ係が私に相談した理由。

想像ができる、まったくもう。

「いいよ。俺が所長に会う。

君からの情報だと、

わからないようにしてもらう。

話をしてくる。まかせとけ」

レジ係の目と口がまん丸になる。

いいリアクションだ。

私は立ち上がった。

「さっそく行ってくるわ。ところで」

なんで、俺に相談したの?

尋ねると、予想通りの返事。

「三ツ色先生に相談すれば、いいよって、萌花さんが」

そうでしょうね。

 

まず、おとくに社長と打ち合わせる。

「俺が目撃したことにしたらええよ」

それでも店の通報ということになる。

方法がなければ、そうするかも。

とにかく、レジ係は関係ない。

そういうこに、ふたりで決めた。

おっさん同士の約束、ってやつだ。

 

『栄光苑』へ向かう。

こういうことは、早く動くに限る。

気が付けば、買った天ぷらとビールを持ったままだ。

引き返して『おとくに』で預かってもらった。

 

所長さんは、穏やかな年配の女性だった。

名札に「吉田」とある。

おや、と思ったが、よくある名字ではある。

事情を話す。

レジ係の心情を、少し大げさに伝えた。

吉田所長が恐縮する。

「申し訳ありません。

ウチの息子のことで、

話を大きくしたくなかったので」

息子だったのか。

 

スタッフのムスコ吉田は、

資格もあり、素面(シラフ)なら仕事もできるが、

酒飲みなのが欠点だ。

酔っぱらって遅刻したり、

夜勤中、控え室で飲むこともある。

それはあかんわな。

「他のスタッフに示しがつかない」

そりゃあそうだ。

 

禁酒を命じた。

しかし、飲む。隠れて飲む。

家に酒は置かないので、

こっそり買って飲む。

夜勤明けなどは、我慢できない。

大酒を飲む。

今日は、まさに泊まりの勤務明けだった。

明日、シフトに遅れたりしたら。

上司でもあるママ吉田は、

示しがつかないだろう。

 

親子の問題、家庭問題でもある。

できれば内々で解決したかった。

社長に頼むと、大ごとだ。

それで、

アルバイトのレジ係に

吉田が酒を買ったら、こっそり教えてね、と頼んだ。

息子だとは言わずに。

そんな訳だ。

「依存症」は、こちらの想像だった。

ただ、話を聞くと

予備軍のような気がするぞ、ムスコ吉田。

 

「息子には、厳しく言いいます。

各方面に迷惑かけて。

絶対に、お酒、やめさせます」

え~、やめるかなあ。

「そうですねえ」とだけ言っておいた。

 

みなさんにお詫びしなければ。

所長が言うので『スーパーおとくに」に戻る。

途中で、有名な和菓子屋さんに行き、

これまた有名なお煎餅を、所長さんは購入した。

「そんなに」と思う量を買った。

 

事務室で、

おとくに社長とレジ係、吉田所長が話をする。

私は帰ろうとしたが、

「待っててくださいよ」とレジ係が言う。

仕方がないので、店内をうろうろして

芋けんぴが旨そうだなと考えていた。

20分ほどで、三人が笑顔で現れた。

 

入居者の家族から苦情が来た。

そういうことにします。

それで、態度が改まらないなら、

また考えます。辞めさせることも含めて。

そう言って、吉田所長は帰って行った。

レジ係には、何度も頭を下げていた。

『スーパーおとくに』の名前は出ない。

 

どうやら私も役に立ったようだ。

ちょっとお節介すぎたかな。

 

もういいだろう。

帰ろうとすると、レジ係があわてる。

「センセー、お預かりしている商品が」

そうだった。そうだった。

天ぷら盛り合わせとロング缶「一番搾り」だ。

 

レジ係が奥へ走って行き、戻ってくる。

袋を受け取る。

「あれ?」

天ぷらが、熱々だ。

 

「揚げたてに代えときました」

社長がドヤ顔で言う。

それはどうもありがとう。

さらに、えっと、ビールがひと缶多いのでは。

「それ、お礼です」

レジ係が笑顔で言う。

お、おう。ありがたく受け取るよ。

ただな、

ただな、

言わせてもらうけどな、

あっつあつの天ぷらと、冷え冷えのビールを

ひとつの袋に入れるなよ。

そういうとこやで。

そういうところが

『スーパーおとくに』なんやで。