この町でも、WBCは話題に上る。
エルベ(商店街の中の〝喫茶店〟だ。カフェではない)で、
ゆでたまごに塩をふりながら、香田さんが話しかけてきた。
隣の席、スポーツ新聞を横に置いている。
「大谷はバントも上手だねえ、さすがだね。
ねえ、センセイ」
イタリア戦のセーフティバントのことだろう。
「そうですね」
私はノートにアイデア出しをしていた。
中断したくなかったので、おざなりな返事になる。
「ワールド・ベイスボール・クラスィックならではのプレーでしたねえ」
香田さんの背中側に座っていた男性が、参加してきた。
名前は存じ上げないが、ときどき見かける中年男性だ。
「大谷には、アンチがいないじゃないですか、選手にもファンにも。
普通、あれくらいになると『大谷は好かん』とか『あんなのたいしたことない』
なんて言う人間が出てくるもんですけどね」
なるほどと感心する。
「そうやねえ」
香田さんも同意する。私はペンを置いて頷いてみせた。
「ワールド・ベイスボール・クラスィックでは……」
彼はWBCを略さない主義をお持ちのようだ。
しかも、発音が妙にいい。
おもしろくなり、三十分ほど盛り上がった。
途中からエルベのご主人まで加わる。
私の作業ははかどらなかったが、まあ楽しかったから。良しとする。
帰り、一杯。昼酒である。日曜日だから許して。