しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

「三ツ色日記」2024/03/30 ひとまず最終回

久しぶりに外食らしい外食をした。

少しばかりの贅沢。

自分たちに許そう。

彼女がそう言った。

私たちの記念日になる日である。

それでも、ランチの時間帯を選んだ萌花が愛おしい。

イタリアン。

彼女が働いていたのはフレンチレストランだったが、この日選んだのはイタリアンレストランだった。

理由を聞くと「パスタ、食べたいから」という返事だった。

他にも理由があったのかもしれない。

それはわからない。

 

「12時に予約している三ツ色です」

彼女が言う。

言った後で私を振り向いて「えへ」と笑う。

席に案内される。

飲み物のオーダー。

スプマンテ

ささやかな2人の乾杯。

「それでは、あらためて」

おじさんみたいなことを言うので笑ってしまう。

「何よ、おかしい?」

「ごめん、ごめん。あらためて」

グラスを合わせる。私はひと息で飲んでしまった。萌花がそれを笑う。

「三ツ色さん、昼から酔っ払ったらいやだよ」

「ところでさ」

「なに?」

「別にいいんだけど、まだ『三ツ色さん』て呼ぶのかな?」

萌花も『三ツ色』になったのだ。

 

今日。

書類を提出した。 

婚姻届である。

昨日、2人で記入した。

再婚の私は、前日、ご両親に挨拶に行った。

緊張した。 私は、萌花とよりご両親との方が、年齢が近いのだ。

「娘が望んでいるのですから、よろしくお願いします」

感謝しかない。

お互いに頭を下げた。

 

「でも、なんて呼べばいい?」

特に希望はないし、確かに『三ツ色さん』と呼ばれるのに慣れてはいる。

「まあいいか、自然にまかせようか」

 

食事は満足なものだった。

ランチだったし、そんなにお酒も飲まなかった。

ワインを一杯と途中からビールにきりかえた。それも一杯。

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少し遠かったが、歩いて帰った。

なぜか何も話さなかった。

一時間ばかり並んで歩いた。

それだけのことが、とても嬉しかった。

 

                〔了〕

およそ、一年。

これまで、どうもありがとうございました。

 

「三ツ色日記」2024/03/20お彼岸

しおかぜ町もお彼岸である。

当たり前か。日本中がそうである。

カノンのお墓参り。

思えば、萌花のフランス行きの前に

始めてふたりで来たのだった。

fabuloushunter.hatenablog.com

あの日は暑かったが、

今日は風が強くて寒い。

ときおり雨も降る。

それでも、かなり長い時間お参りしていた。

帰る頃には、すっかり体が冷えた。

「どこか寄るか」と尋ねると、

「いい、寒いから早く帰ろ」と萌花が言う。

それでぼた餅を買って帰ってきた。

仏壇に供える。

春は「ぼた餅」、秋は「おはぎ」。

粋なものである。形状やあんの違いもあるのだが

季節の花の名前に由来しているという。

萌花のジェットラグ(時差ぼけ)も解消され、

明日から仕事探しを本格的に始めると言う。

実は、私はそんなに心配していない。

接客には慣れているし、ワインや料理の知識も豊富だ。

それに(私が言うのも何だが)華やかな雰囲気で目立つ。

仕事は見つかると思う。

「とりあえず、明日、〇〇シェフと木俣さんに会うことになってるから」

ふたりは渡仏前に萌花が勤めていたレストランの、シェフとソムリエだ。

 

春分は、スタートラインでもある。

私たちの人生も、動き出した。

『三ツ色日記』2024/03/18萌花帰国

萌花が、無事にフランスから帰国した。

エッフェル塔のキーホルダーをくれた。

修学旅行のおみやげみたいだ。

ルーメンも同時に帰国したが、

行かなければならない場所があり、

空港で別れたらしい。

石川県に知り合いがいて、震災のお見舞いとのこと。

えらいな、ルーメン。驚くべき顔の広さだ。

しかし、そもそも彼女の自宅はどこにあるのだ?

基本、旅の空の下である。

神戸におばあさまがお住まいなのは聞いているが、

ルーメンの住民票があるわけではなさそうだ。

まあ、神秘的な自分を演出しているのかもしれない。

そのルーメンが、萌花を助けてくれた。

おかげで、萌花のフランスでの残務整理は終わった。

「ルーメンさんのおかげだよ。家具なんかも、高く売れた」

 

というわけで、いよいよ本腰を入れて働き口を見つけなければならない。

人手不足と言われてはいるが、業種にもよるだろう。

「やっぱり、飲食業かな」

留学は中止したが、彼女のワインの知識が人並み以上なのは間違いない。

「そうだといいけどね、へへへ」

 

とりあえず、2,3日は休んでいいかな。

眠そうに萌花が言う。時差もある。

当然だ。

「晩メシは寿司でもとろうか」

「いいのかな、そんな贅沢して」

「まあ、まだ、それくらいの蓄えはあるさ」

「うん。うれしい。お寿司だあ」

ひとりの食事が続いていた。私もうれしい。

日常が戻って来た。

 

 

 

「三ツ色日記」2024/03/14卒業式とおにぎり

今日は公立中学校の卒業式だ。

知り合いの真田さんの息子、翔太もめでたく卒業である。

それにしても、高校入試が終わって

即、卒業式とは、15の春は忙しいものだ。

式に向かう彼の両親に出会った。

きっちりとした服装をしている。

「おお、三ツ色さん、怪我はもういいのかい? 

たいへんでしたね」

「はい、まあ、なんとか。あの、

本日はおめでとうございます。天気がよくて、よかったですね」

「はい、ありがとうございます」

最近の中学校の卒業式ってどんな感じだろう。

私も、元教員だから興味はあるが

保護者ではないから出席するわけにはいかない。

”地元の名士”にでもなれば、

来賓として招かれるかもしれないが、

無理な話である。

じゃあまた、と言って別れる。

そうだ、翔太の高校入学祝いを買っておかないとな。

英和辞典を贈ってやると言ったら、嫌そうな顔をしていたっけ。

しおかぜ町から2023/04/11 - しおかぜ町から

そういう顔を見るのも面白そうだが、喜ばれないのも困る。

どうしても、お金のかかる時期だ。さっき会った両親のことを考えると

商品券とかクオカードとかがいいのかな。

まあ、そのあたりかな。

考えながら歩く。

駅前の商店街まで来た。

タウン誌の記事の取材だ。

『えんむすび』

おにぎり専門の店である。

新規開店で、隅々まできれいである。

基本はテイクアウトとのことだが、

小さなイートインコーナーがある。

下町によくあったたこ焼き屋みたいな造りである。

そこで店主が話を聞かせてくれた。

いそがしい開店前にありがたい。

礼を言うと、ご主人がていねいに頭を下げる。

「いえ、こちらこそありがたいです。

いい宣伝になります」

米にこだわりはあるが、高級米を使えばいいというものでもないんです。

「炊き方といいますか。水分量なんかはその日の湿度や水の温度との関係もありますし。それにお茶碗でいただくごはんとちがって、握り飯にして旨いかどうか考えないと」

ご主人はなかなか饒舌で興味深い話をたくさんしてくださった。

「具は、当たり前のものしか使ってません。梅とか鮭とか。大きな店じゃないし、なかなか冒険もできないので、珍しい具材はなかなか。試したいものはあるんですけどね、例えばバターを添えて醤油を垂らすとか」

 バターおにぎりは旨そうじゃないか。いつか、ぜひ。楽しみにしています。

店構えと店主夫妻、商品を撮影して取材を終えた。

 自分用に鮭ハラスと昆布の2個を購入して、昼食にした。

贔屓(ひいき)にしようと思った。

 

「三ツ色日記」2024/03/12近況と雑感(劇的事件なし)

今日と明日は、公立高校の入学試験だ。

しおかぜ町にも受験生はいる。

当たり前か。

真田翔太もそのひとりだ。

しおかぜ町から2023/04/11 - しおかぜ町から

すでに併願先の私学は合格しているので、

気分的には余裕を持って臨めるだろう。

第一志望校の吹奏楽部で活躍してくれ。

 

そんな今日は朝から大雨で受験生は大変だっただろう。

ゴミ捨てに行った私は、けっこう濡れた。

傘をさすのがめんどうだっただけだから自業自得ではあるけれど。

濡れたトレーナーを洗濯機に放り込んだが、外干しできないなあ。

まあ、天気に文句を言っても仕方がない。

そんな雨の日は落ち着いて仕事である。

こんな三ツ色にも、いくつか依頼はある。

ただ、入院していたため

〆切りまでのスケジュールがタイトになっている。

取材ができていないのも辛い。

地元タウン誌の「お店レポート」のような記事でも

資料だけで書くわけにもいかない。

 

そんなわけで、何件か電話をしてアポイントを取る。

メールよりは電話の方が決定が早い。

新規開店の、おにぎり専門店と雑貨屋さんの2軒に連絡が取れた。

タウン誌の編集部にはメールでその旨を伝える。

返信が来て「原稿の文字数、200字ほど増やしてください」とのこと。

短くするよりは長い方がありがたい。

了解道中膝栗毛と、呟いたりしながら。

「了解いたしました」と返す。

退院して、萌花と暮らし始めて、

仕事もできるようになり、ようやく上り調子になってきた。

 

そう言えば、映画館に行っていないなあ。

アカデミー賞のニュースを見ながら思ってしまう。

しばらく行けていない。入院していたせいもあるが、

その前も、バンド練習やら萌花の渡仏、優理のオヤジ事件とか、

いろいろあったからなあ。

配信やDVDでは隙間の時間で、映画やドラマを観ているが

シアターには行けていない。

作品賞の『オッペンハイマー』は、

これから公開か。

登場人物の把握が難しいという噂だし、尺も長いのだが

クリストファー・ノーラン監督が、フィルムにこだわって、

コダック社が専用工場を設けた、なんて報道を目にした。

それならやはり、自宅の液晶モニターじゃなく、劇場で見た方がいい。

ノーラン作品では『インセプション』(ディカプリオや渡辺謙が出てた)と『ダンケルク』が好きだが、他の作品も外れはないし、

間違いなく、現代を代表する監督だ。

アカデミー監督賞、遅いくらいだったと思う。

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