しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/11/08「キンパッつぁん編<2>」

<1>からつづく

しおかぜ町から2023/11/07「キンパッつぁん編<1>」 - しおかぜ町から

 

 一学期末の試験が終わり、終業式まで短縮授業の期間になる。そのため、運動部も文化部も部活動の時間が長くなる。演劇部は、この時期にオーディションをおこなうことになっていた。

 ジョージは内田里穂に、キャストを増やすこと、それに伴う台本の手直しを説得した。

 彼女は「考えておきますけど」と言ったが、まったく納得していなかった。ジョージも強くは言えないまま、オーディションの日を迎えてしまった。
 審査員は、ジョージともう一人の顧問、菊田先生である。内田も部員の代表として審査に加わる。

 定年間近の菊田先生は、クラブはジョージに任せっきりだ。

「顧問は来(こ)んもんや」が口癖である。

「せやかて、夏目先生。生徒かて、クラブに来てまでごちゃごちゃ言われたないんちゃいまっか」

 大先輩である。ジョージも文句は言えない。なにしろ、在校中に教えてもらった先生だ。
 そんな菊田先生も、さすがに今日は来ている。クラブ全体が緊張していた。

 オーディションが始まり、部員たちが課題のセリフを言う。

審査をしながら、ジョージは、男子がいればいいのにと思っていた。

 現在、高校生部員十九人、全員が女子である。中学生の部員十人も、すべて女子だった。

 当然、男性の役を、女子が演じざるを得ない。この状態が長く続いていた。

「夏目くんがクラブにおったころは、他に男子もおったよなあ」

休憩で、外の空気を吸いに出たとき、菊田先生が言った。

 ジョージも演劇部員だった。その当時は、四・五人の男子がいたものだ。

「はい。先生も男子がいたらなあ、と思ってます?」
「そらな、今の状態やと、どうしてもタカラヅカ風になってまうやろ。それはそれで、かまへんねんけどな」
「ですね」
 内田の脚本は、貧しい少女が成功していくシンデレラストーリーだ。主役は女性だが、もちろん男性役も必要だ。見た目は男、中身は女。ふと、悩みを相談されている生徒のことを思う。
「夏目先生はどんな役やってたかな」
「外国人の役ばっかでしたよ。『ワタシ、ニホンゴ、ワカリマシェーン』みたいな」

 仕方がないと思っていた。どんな役でもやると決めていた。俳優になる夢があったのだ。
 大学でも演劇サークルに入った。やはり、外国人の役ばかり回ってくる。限界を感じ、夢は捨てた。プロになっても同じだろう。やはり、見た目で決められる。

「そうかあ。そやったなあ。すまなんだなあ」
 菊田先生が頭を下げてくれた。
「いえいえ、そんなつもりでは。今、思えば当たり前です、先生」

 会話が途切れる。しばらく二人で空を眺めた。いい天気だ。夏の空。時間が来た。中に入る。


 後半は、動きやダンスを見た。歌もある。1時に始めたオーディションは、3時半に終わった。
 すぐに、キャスティング会議を始めた。ホールの調光・音響室である。舞台や客席が見下ろせる場所にある。部員たちが談笑していた。

和やかな雰囲気だが、心の内は違うだろう。狙った役を射止める者は少ない。ほとんどが第二希望や第三希望の役になる。ステージに立てない可能性もあるのだ。

「はあ」
 菊田先生のため息。
「よう決めんわ」
「いやいや、それでも決めないと」
 そうは言ったが、ジョージも同じ思いだった。内田は無表情だ。

 主役の女性と相手の男役は、森田恵子と副部長の戸田朱里に決まった。息も合う。

内田も「異議なしです。私、あの二人をイメージして書きましたから」と言った。

 ヒロインにつらく当たる憎まれ役。クセはあるが重要な役には、現実にクセが強い黒崎を当てた。内田がニヤリと笑った。図星だったのだろう。
 しばらくは順調に決まって行ったが、残る役が、二つ、三つになって動かなくなった。
「二年生も使いたいよな」
「そうですね」
 来年度のためにも、下級生にも経験を積ませたい。そう思うが、まだ役のない三年生がいた。沼田薫だった。

 ジョージは、うーんと唸って腕を組んだ。菊田先生も黙っている。指でペンを回している。どうしよう。ジョージは、回るペンを見ながら考えていた。

「いいじゃないですか、二年生にしませんか、先生」
 言い出したのは内田里穂だった。
「しかしな、内田」
 ジョージが言うと、内田は「わかっています」という表情で、頷いた。
「夏目先生。薫ちゃんは私といっしょに、演出と舞台監督でどうですか」
 内田と沼田薫は仲がいい。中学部からの友人同士である。

「だけど、沼田もオーディションに参加してるんだぞ。役者でやりたいってことだよ」
「でも、私、言ってたんです。二人で演出やりたいって」
 それに、と内田が付け足す。
「薫ちゃん、大きな役やったことないし。さっきも、緊張するって言ってたんです。だから、スタッフの方がいいと思うんだけどな」
 緊張なんか全員がするよ。思ったが、黙っていた。内田なりの気遣いだろうか。沼田薫は、それでいいのか。判断が難しい。菊田先生も首を傾げている。

 沼田薫は、いつも控えめで、穏やかな笑みを絶やさない。彼女には、そんなイメージがあった。残っている役は、やんちゃな十代の少女と、暴れん坊のボーイフレンド。確かに、二年生のほうがマッチしていた。

「なんとか、もう一つキャスト増やそうよ」
 ジョージの本音が出た。内田里穂が首を横に振る。
「それは納得できないです。先生。したくないです」

 

この項続く

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