しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/11/07「キンパッつぁん編<1>」

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 男子生徒から相談を受けた。

  ジェンダー問題である。簡単に答えは出ないし、安易に返答できない。プライバシーも守らなければならない。

 悩みつつ、演劇部の稽古場に向かう。歩きながらもいろいろ考えてしまう。

 外観と違う心を持つことはある。だいたい、自分がそうなんだとジョージは思う。白人の姿と日本人の心。

 考えているうちに、学園ホールに着いた。立派なホールである。照明や音響設備も充実している。中学生や高校生が稽古場として使えるのはしあわせなことだ。
 ジョージは重い扉を押した。中に入る。部員たちが彼を見た。「えー」という声がした。
「先生、台本」
「今日、配ってくれるんじゃなかったの。みんな待ってたのに」
 しまった。考え事をしていて、すっかり忘れていた。ジョージは顔の前で手を合わせて謝った。
「ごめん、ごめん。ぼんやりしてた。さっきまでは意識にあったんだよ、本当に」
「もう、キンパッつぁん」
「ドジだねぇ、キンパッつぁんは」
「急いで用意してくるから。ごめん、誰か手伝ってくれないかな」
 私が行きます、と言ったのは、副部長の戸田朱里(あかり)だった。
「ケイも行こうよ」
 親しい森田恵子を誘っている。二人とも三年生だ。
「てへへ」
 笑いながら、森田が付いてくる。印刷室へ向かった。
「キンパッつぁんは、おっちょこちょいだね」
 戸田朱里が森田恵子に言う。
「夏目先生は忙しいの」
「ケイは先生のファンだからね」
「アカリぃ、聞こえるよ」
 聞こえていたが聞こえないふりをした。
「悪いな、二人とも」
「それはいいんだけど、先生」
 朱里がジョージの顔を覗き込んだ。
「台本、どう思う」
 今回の台本は、部長の内田里穂が書いた。彼女は何本も創作脚本を書いていて、将来はシナリオライターになりたいと言っている。役者よりもそちらが好きらしい。
「よく書けてると思うよ、高校生らしいし」

 ただ、登場人物の数が少ない。台本通りだと、舞台に立てない部員が出てくる。ジョージはキャストの数を増やすように言ったが、内田里穂は渋っていた。
「役が足りな……」
「そうでしょう」
 朱里が食い気味に答える。森田恵子も頷いている。
「里穂には言ったんだよ。三年生全員、出られないじゃんって。そしたら、里穂は自分は演出に回るからって。ね、ケイ」
「そうは言っても、二年生にも上手な子いるし。オーディションの結果で、どうなるかわからないですよ」
 ふたりとも熱くなっている。
「コンクールで賞を獲るためだ、って里穂は言うんだけど。文化祭は、やっぱり、みんなで出たいですよ」
 コンクールに出す芝居を、学園祭でも上演することになっている。

家族や友人に、スポットライトを浴びる自分を見て欲しい。演劇部員がそう考えるのは当然だ。しかも三年生にとっては最後の学園祭である。下級生以上にその気持ちは強い。ジョージは、部員のそんな気持ちに応えるようにしてきた。

 プロなら実力やイメージで決めるのは当然だが、ここは学校の演劇部なのだ。特別な配慮は必要だ。
 どうしようかな。台本をコピーしながら考えた。脚本は完成していて、出来もいい。キャストを増やすのは難しいだろう。部長は頑固だ。解決策が浮かばない。

 救いは、明日からしばらくは部活の休止期間に入ることだ。その間に考えるしかなかった。
 相談を受けた生徒のことも気になるし、担当教科の試験問題もつくらなきゃ。それに散髪にも行きたいし。うーん。
 そばで、朱里と恵子が台本を綴じる作業をしていた。冗談を言ったり笑ったりしている。さっきの不満は忘れたかのようだった。
 

<2>へ続く

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