「キンパッつぁん編<4>」からつづく
しおかぜ町から2023/11/10「キンパッつぁん編<4>」 - しおかぜ町から
※今回は少し長めです。樹里亜(じゅりあ)登場!
翌日。
三年生は、保護者と共に進路講演会に出席していた。
いつ、沼田と話せるだろう。ジョージはそればかり考えていた。
落ち着かない気分で職員室にいると、三年生の担任が戻ってきた。
講演会が終わったようだ。
「キンパッつぁん」
職員室の入り口で、内田が手招きしていた。廊下に出る。
「薫ちゃんママが」
少し離れたところに、沼田薫と母親が立っていた。ジョージを見て頭を下げる。娘はいつものように笑顔だ。
どうした? 昨日と雰囲気が違うぞ。ジョージが近づくと、母親が再び頭を下げた。
「夏目先生、昨日はたいへん失礼しました。なんとお詫びしたらいいか」
「え、ああ、あの」
「よく確かめもせず、私、取り乱しまして」
娘が引き継ぐ。
「私、昨日、納得してたんですけど、帰ってお母さんの顔を見たら、もう『私の演技を見てもらえないんだ』って思っちゃって。そしたら涙出てきて。文化祭には出ないって言ったら、お母さんに『そしたら何するの』って聞かれて『助手』だって」
「そう言われたって、わからないじゃないですか。誰の助手って聞いたら、泣きながら、里穂ちゃんの助手、って言うもんですから」
「それで、薫ちゃんママ、頭に血が上って私に電話してきたの。里穂ちゃんはウチの娘を見下してるの、って」
内田が説明する。
「アハハ。それで先生に、とばっちりが行ったってわけ」
「いやいや、お母さんのお気持ちもわかりますし」
母親が手を振る。
「いえいえ、お恥ずかしい限りです。この子がちゃんと説明しないから」
「私が助手って言ったから。里穂は、そんなのじゃないって言ってたのに。すみません」
沼田が謝る。母親も頭を下げた。三度目だ。
「よく話を聞けば良かったんです。この子から言い出したみたいで」
どうした? みんな物わかりが良すぎないか。謙虚すぎないか。少し警戒する。
「でね、先生」
内田がジョージの顔色を窺う。
「薫ちゃんと相談したんだけど」
そら来た。何かあると思ったんだよ。心の中で身構える。
「何かな」
「カーテンコール、あるじゃないですか。そのとき、私たちも登場したらだめかな」
「演出が、出演者と舞台に上がるってことかい」
「そう、他のスタッフといっしょでもいいし。校内の行事だから、だめかなあ?」
「ファッションショーの最後に、デザイナーがランウェイ出てくるみたいな感じか? モデルに囲まれて」
「そこまでは言ってない。主役はキャストだもん」
いや、かなり目立つと思うぞ。ジョージは思ったが、薫ちゃんママの気持ちを考えた。晴れ姿を見せたいという、娘の気持ちも理解できる。
「まあ、いいか。だけど、他の部員にも話をして、了解してもらえよ」
「やったあ」
内田と沼田が手を取り合って喜ぶ。母親まで手を叩いていた。
「なんだ、こりゃ」とジョージは思ったが、とりあえず解決してよかった。そう考えることにした。
母親が「お詫びです」と言って、大きなクッキーの詰め合わせをくれた。
それを持って、菊田先生のところへ行く。事の顛末を話した。
「やっぱり、無理しとったんやな、あの子。親と友だちと教師の間で」
「そうですね。そういうところ、ありますからね沼田は。しんどい性格ですね」
菊田先生が何かを考えながら、クッキーをボリボリ食べていた。
内田と沼田に部員の了解をもらえと言ったが、ジョージは不安だった。
全員が理解を示すだろうか。下級生はともかく、同じ三年生はどうだろう。
特に、ある生徒の反応が気になっていた。
黒崎樹里亜(じゅりあ)である。
練習場所に行くと、内田が「全員にオッケーもらいました」と言った。
ジョージは黒崎を見た。彼女は台本を読んでいたが、視線を感じたのか顔を上げた。
目が合う。無表情だった。
演劇部で、彼女は独特の存在だ。
他の誰とも距離を置いている。
仲が悪いわけではないが、必要以上に親しくなることもない。部活が終わると、ひとりで帰って行く。彼女の友人は、クラブ活動などに興味がなく、しかも問題のある者が多かった。教師から目を付けられている連中だ。
ただ、樹里亜は演劇には熱心だった。芝居に関しては、自分の主張をし、他人の意見も聞いた。受け入れることは受け入れた。
ジョージは樹里亜と、じっくり話をしたことがある。
春のことだ。
ホールの裏で、彼女はひとりで座っていた。
ジョージが現れると、彼女が言った。
「キンパッつぁん、私が何か悪いことしてると思って、見に来ただろ」
見透かされていた。ごまかさなかった。隣に座る。
「たばこでも吸ってんじゃないか、と思ってさ」
「やめてよ。生徒を疑るな。部活に来て、そんなことしないよ」
「だな。謝る」
「本音を言うからおもしろいよ、キンパッつぁんは」
笑ってくれたので、会話するチャンスだと思った。
「黒崎は、芝居が好きなんだなあ」
「なことないよ」
「嘘つけ。見てたらわかるさ」
「わかるもんか」
「そうか、違ったか」
しばし沈黙。
「違わないけどさ」
「ほら見ろ」
「キンパッつぁん、さ」
「うん、何でも言ってみろ」
「前にさ、キンパッつぁん、昔は俳優になりたかった、って言ってたじゃん」
「言ったよ。今は学校の先生だけどな」
「だよね。私なんか、よけいに無理だよね」
「アホか」
「はあ?」
「お前はアホか。俺が諦めたのは大学行ってからだぞ。いくらがんばっても、外人の役しか回ってこなくてさ。セリフはいっつも『ワタシニホンゴワカリマシェン』と『アイラブユーデース』みたいなのでさ。さすがにそこで諦めたさ。22歳のときだ。それに比べて、お前はいくつだ」
「17だよ」
「だろうが。何が、無理だよね、だ」
黒崎が大笑いする。
「熱いよ。キンパッつぁん。笑っちゃうよ」
「黒崎」
「なに」
「そんなに笑ってくれて嬉しいよ」
「やめてよ。臭いセリフ」
「演劇ってのは、そういうもんだろ。臭いもんだよ。だからいいんだろう、黒崎」
彼女が黙った。ちょっとかっこつけすぎたかな。そう思って彼女の横顔を見る。意外と真剣な顔だった。
「だけどさ」
彼女がポツリと言った。
「うん、だけど、何かな」
促すと、彼女は思い切ったように言った。
「女優になりたいなんて言ったら、みんな馬鹿にするじゃん。なんか半笑いでさ、その顔でよく言うよ、みたいな」
「そりゃ、先生だって『お前は、女優になれる』なんて言えない。誰も言えないからな。あ、顔の事じゃないぞ」
「そんなことはわかってる。慰めも言って欲しくないし」
「だけどさ、今、諦める理由はない」
「教師がそんなこと言うの。馬鹿なこと考えないで、大学行けって言うんじゃないの」
「大学行っても、芝居はできるだろうが。日本中にそんな役者、いっぱいいるだろうが。それに芸術学部だとか演劇科だとか、選択肢はいっぱいあるって」
あれ、確かに俺、熱くなってないか。自分が諦めたことだから、熱くなってるんじゃないのか。
「まぁ、でもさ」
黒崎が言う。
「私、いい子じゃないしさ。先生に睨まれてるし、親も分からず屋だしさ。ちっちゃい子がアイドルになりたいって言ってるのと同じだし。演劇科なんて言ったら、親にボコボコにされるよ」
ジョージもそれ以上は主張できなかった。話はそこで途切れてしまった。その後、続きを話したことはない。ただ、扱いにくい生徒と思われている黒崎の葛藤を、少し理解できた気はしている。
「本当に黒崎には困ったもんだ」
職員室でそんな声を聞くと、ジョージは複雑な気持ちになる。そんなに単純じゃないですよ、と。
その黒崎が高校最後の芝居で、難しい役に挑む。
ヒロインの恋人、その姉。弟を愛するあまり、ヒロインを貶(おとし)めたりいじめたりする。憎まれ役である。彼女が憎まれるほど、公演は成功に近づく。
黒崎は、この役が第一希望だった。嫌われる役を自ら希望したわけだ。
おそらく作者の内田は、この役を黒崎に当てて脚本を書いた。そう思える箇所がいくつかある。それを真正面から受けて立った彼女を、ジョージは認めた。いい演技をさせてやりたいと思ったし、三年生担当の教師にも彼女を評価してもらいたかった。
<6>へつづく