しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<6>」2023/11/12樹里亜(じゅりあ)と薫(かおる)

<5>から続く

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<5>」2023/11/11黒崎樹里亜(じゅりあ)登場! - しおかぜ町から

 

 台本の読み合わせ。立ち稽古と進んで行く。

学校は一学期の終業式を経て、夏休みに入った。休みと言っても、生徒たちは忙しい。

自分の高校時代と比べものにならない。ジョージはそう思う。

午前中は講習が入っていて、学期中と変わらない。午後からは、クラブ活動をする者、図書館や自習室で勉強する者、予備校に通う者もいる。

 教員も多忙だ。ジョージも三年生の大学受験講習を手伝っている。時間割が学期中と異なるので、リズムがつかめない。いつも以上に疲れる。

 部活動の指導はもちろんだが、校外活動の引率や三者面談、研修会などの出張もある。ジョージは七月末に「カリキュラム研究会」に出席するように言われた。三日間の東京出張である。東京行きは嬉しいが、他の業務を考えると憂鬱でもあった。

 そんな中、練習に行くと、沼田薫の姿が目を引いた。

 部長の内田の演出やジョージのアドバイスを、全てノートに書き込んでいる。役者の立ち位置や動きは、図にしてあった。それぞれが苦手なセリフも書き出してあった。

 ある日、黒崎の演技が気になり、ジョージがダメ出しをした。彼女は不満げで、何か言いたい様子だった。そこに沼田が行って何かを囁いた。

 黒崎が頷き、演技をやり直した。ジョージはまだ納得できなかったが、がまんした。あとで沼田に話を聞こうと思ったのだ。休憩時間になって、彼女がやって来た。

「先生、すみません。さっきのところ」

 内田の演出とジョージの要求が食い違っているらしい。

「それに」と沼田が続ける。

「先生がおっしゃったことが、この前と違うので」

「え、そうだっけ」

「はい。台本読みのときは、樹里亜ちゃんの『なんなのあなた』は怒りを前面に出して、と言ったんですけど。さっきは、ゆっくり静かにって。それで」

「そうだったっけ。そのとき思ったこと言ってるからな」

「どっちにします?」

 気付くと、黒崎が腕組みをしてこちらを見ていた。うわ、怖い、怖い。

「黒崎」

 呼ぶと、なぜかニヤニヤして近づいてきた。

「キンパッつぁん、自分が言ったこと忘れてただろ」

「その時、感じたことを言うんだよ。フィーリングが大事なんだ」

「いいよな、教師は。都合のいいこと言って。こっちは混乱するっての」

「わかった、わかった。悪かった、悪かった。ごめん。で、黒崎、君はどっちがいいと思うんだ」

「私はさ、叫んだりしないで、静かに言いたい。そっちの方が深い感じがする」

「内田は、どうかな」

 演出の内田に聞く。

「はい、それでいいです」と彼女が頷いた。

「キンパッつぁん。薫ちゃんに感謝しなよ」

 黒崎が言う。

「そりゃぁ」

「どっちなんだよ、ってキレるとこだったよ。薫ちゃんが来て『自分が確かめるから』って言うからさ、がまんしたけどさ」

 呼び方が「薫ちゃん」になっている。これまでの黒崎なら「沼田さん」と言っていたはずだ。これはいい傾向なんだろうな、とジョージは思った。

「水、飲みたい」

 黒崎が離れていった。他の部員がそれを見ていた。

「おい」

 黒崎の背中に向かって声をかけた。

「十分後に、今の場面から再開だぞ。それからな、夏目先生と言え」

「キンパッつぁんは、キンパッつぁんだよ」

 出て行った。ホールの裏でひとりになるのだろうか。

 ジョージは、そばにいた沼田に言った。

「ありがとうな」

「そんな、出しゃばってすみません」

「先生、薫ちゃん、すごいよ。ノート見たでしょ」

 内田が言う。沼田が笑った。照れたように言う。

「そうだ、今のこと、ケイにも伝えとかないとね」

 沼田がヒロインの森田恵子と打ち合わせを始めた。内田も加わる。

「助かるよ」

 思わず口に出た。

 衣裳の準備をしていた一年生が振り返る。ジョージは意味もなく笑った。

 

<7>へつづく

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<7>」2023/11/13 - しおかぜ町から