しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<7>」2023/11/13ー①事件の前

<6>からつづく

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<6>」2023/11/12樹里亜(じゅりあ)と薫(かおる) - しおかぜ町から

 

 沼田薫の献身的な働きは、その後も続いた。

夏休み後半になると、二冊目の『薫ちゃんノート』が半分埋まっていた。

 彼女は黒崎だけではなく、全員とよく話をしていた。ジョージとも話し込んだし、ときには菊田先生にも会っている。

「参ったで。『先生、お話しましょ』やて。ワシの分まで弁当持って。午前の受験講座が終わって、クラブまで時間があるから言うて。演劇部のこととか、部員の長所とか短所とか。そんなことワシに聞いてどないすんねん、ちゅうねん」

 いやいや、先生、それはご謙遜です。

「でな、そのときな」

 菊田先生が声のトーンを変えた。

「内緒にしといてくれと言われたんやけどな。先生の耳には入れとかな、と思て」

「はい、なんでしょう」

 黒崎のことだった。彼女の交友関係、特に、校外の友人。

「学校ではだいぶ落ち着いたみたいやけど、外ではな。付き合っている連中が、単車で走り回ったり、やんちゃなのが多いみたいや」

 沼田の心配は当然だった。最近は「樹里亜ちゃん」「薫ちゃん」と呼び合う仲になっている。沼田のおかげで、部内での黒崎は存在感を増していた。そのことが、黒崎を穏やかにし、学校生活にいい影響を与えている。だが、校外の交友関係が変化するには至っていない。

 不安を抱えながら、夏休みは過ぎ、新学期が近づいてきた。


 八月の終わり、ジョージは黒崎の担任に話しかけられた。

「夏目先生。最近、黒崎、どう」

「クラブでは機嫌良くしてますよ。うまくいってます」

「そうか。先生のおかげだね。ところで、彼女が何か言ってこなかった?」

「え、いや、特に何も。何かって何でしょう」

「実はね」

 三年生では今、進路を決める面談が行われているのだが、黒崎はなにかと理由を付けて、先延ばしにしてきた。ところが突然、面談をしてくれと申し入れて来た。

「それでね、T芸術短大の演劇科を受験したいって言うんですよ」

「いきなりですか」

「そう、いきなり。それで、黒崎さんが目標を持ってくれたのはうれしい、って言ったんです。ただ」

 推薦入試での受験は難しい。そう付け加えた。

 それを聞いた黒崎は

「私みたいなのが、学校に推薦してもらえるなんて思ってません」と強い調子で言い放った。それでも、すぐに冷静さを取り戻し、確かめたそうだ。

「でも普通に受験するのは自由ですよね。それはいいんですよね」

 真剣な顔だったという。

「それはもちろん構わないし、私は、担任としてできるだけのことはする。演劇科は実技やダンスの試験があるから、夏目先生に相談してごらん、って話をしたんです」

「そうですか。まだ何も聞いてないですね」

「それじゃぁ、言ってきたら相談に乗ってやってください。私も話を詰めます。ただね、何かしでかさないか心配なんですよね、あの子」

 だいじょうぶですよ、とは言えなかった。自分も不安なのだ。

 その日は会議がふたつあり、時間がなかった。

翌日、クラブに黒崎の姿はなく、沼田が代役をやっていた。体調が悪い様子だったので、無理矢理帰したという。本人は、練習すると主張したそうだが、周囲が説得した。疲れているようだからよく休めと伝えた、と部長の内田が報告した。

 次の日は8月31日で、練習は休みにしていた。

 結局、ジョージは黒崎と話さないまま、二学期を迎えた。

 学園祭まで三週間である。

 体育大会の練習も始まった。もちろん授業や試験にも気を抜けない。コンクールや試合を控えているクラブも多い。

 残暑の中、高校生たちが躍動する。

「いいよな。若くって」

 俺はおじさんだなぁ。もう三十だしな。

 昼休み、中庭のベンチで牛乳を飲みながら、青春真っ只中の生徒たちを眺めていた。

そのジョージを見付けて、黒崎が近づいて来る。仲間といっしょだ。男子もいる。そいつがガムを噛んでいた。ジョージが「おい」と言うと、ティッシュに吐き出した。むかつく奴だ。

「キンパッつぁん。暇そう」

「おじさんは暑さでヘトヘトだよ。黒崎お嬢様は、元気になったのか」

「寝たら治った。若いからね。あのさ、それより」

 受験のことだと思ったが、担任から聞いたことは黙っていた。

「ちょっと相談があるんだけどさ。学園祭、終わったら」

「いいけど、そんなに先でいいのか」

「いい。今はとにかく学園祭」

「その先にはコンクールってのもある」

「そうだけど。そこまで考えられないよ」

「わかった。学園祭が終わったら、だな」

「ありがと。じゃ、また放課後」

 ぞろぞろと売店の方に歩いて行った。

 校内では、白い目で見られているグループ。ひとりが「樹里亜、何を相談するのさ」と言っている。演劇科受験のことは話していないのだろう。両親は、知っているだろうか。

 時計を見る。あと五分で五時間目の授業だ。

「よっこらしょ」

 立ち上がるとき、声が出た。

 着実におじさんになっている。

 

<8>へつづく(本日はもう一本アップしております)

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<8>」2023/11/13ー②事故と自己主張 - しおかぜ町から