しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<8>」2023/11/13ー②事故と自己主張

(7)からつづく

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<7>」2023/11/13 - しおかぜ町から

 

 体育大会の用具係になった。練習でも、炎天下を走りまわる。大玉だの綱引きの綱だの、玉入れのかごだのを出し入れする。学園祭の四日前になっていた。

「キンパッつぁん、めっちゃ焼けてる」

 内田里穂が言う。ジョージの肌が赤くなっていた。

「痛そう、かわいそう」

 森田が心配してくれる。

「アハハ」

 笑ったのは黒崎だ。

「触っていいかな」

「やめてくれ」

 ジョージの情けない声に、全員が笑う。演劇部の雰囲気は良い。

 芝居は順調に仕上がっていた、沼田がいい仕事をしている。すべてのセリフと動きを覚えているのでは、と思う。役者が困っていると、察して相談に来る。信頼感は抜群だった。

「みんな、お疲れ。先生から話があるから集合」

 部長の内田が言う。キャスト、スタッフが数秒で集合した。いいぞ。気持ちいいぞ。

「みんな、ここまでよく仕上げてくれた。明日は体育大会の練習後、できるだけ早く集合。最後のダメ出し練習。明後日は、照明や装置、衣裳、小道具の確認。で、前日が通しだ。ゲネプロだからな。何があっても本番通りだぞ。つまり実質、あと二日だ」

「はい」

 気持ちのいい返事が返る。あえて、ジョージは厳しい声を出す。

「気を緩めるなよ。もう一度台本を読み返す。それからイメージトレーニングな」

「はい」

「じゃ、お疲れ」

「お疲れさまでした」

 とりあえず、学園祭は乗り越えられるかな。そう思った。

 

 その日、ジョージは早めに帰宅した。風呂に入る。湯が日焼けに染みる。ママのオリビアが、「ノー」と言いながら化粧水をビタビタと塗ってくれた。缶ビールを三缶空けて、早めに寝た。いい夢を見るつもりだった。枕の横のスマートフォンが鳴って、目が覚めた。なんだよ、もう。

 むにゃむにゃ言いながら電話に出た。黒崎の担任からだった。

「先生には、早く伝えないとと思って」

 事故。黒崎が怪我。バイク。病院。目が覚めた。

 とにかく行かねばと思った。飲酒したので運転できない。タクシーの手配。急いで着替える。シャワーを浴びたい。そう思った自分を叱った。言ってる場合か。車が来た。飛び乗る。

 車内で、沼田薫からの着信があった。救急車の中から、黒崎が電話をしてきたと言う。

「樹里亜ちゃん、友だちのバイクに二人乗りしてたって。カーブで転倒して、怪我したって。ごめん、ごめんって」

 沼田が声を詰まらせている。

「ごめん、ごめんって」

 彼女が繰り返した。

「わかった、だいじょうぶだ。今、先生が向かってる」

「私も行く」

 だめだ、とも言えなかった。無理するな、とだけ言った。沼田、無理するな。

 病院に着いた。鷹木先生と担任。黒崎の両親がいた。見知らぬ男性と女性。事故を起こした少年の保護者らしい。

「骨折と打撲、ヘルメットは被ってたが、頭部が心配だ」

 鷹木先生が言った。今、検査してる。担任が付け足す。黒崎の両親が顔を強ばらせた。
「先生」

 内田の声。三年生部員が全員来た。沼田はもう泣いている。戸田朱里と森田恵子が肩両側から支えていた。ジョージは部員を、通路の端にまとめた。

 わかっていることを話した。鷹木主任がやってきて「静かにするんだぞ」と言う。生徒たちが「はい」と答えた。

 誰も話をしなかった。

 医者が出てきたのは、午前二時を過ぎていた。

「黒崎さん、ですね。幸い脳波に異常はありません。左大腿骨とあばらを骨折していますので、これは明日にでも手術です。あと、頬に裂傷があるので処置しましたが、跡が残るか、残らないかは微妙です」

 そんな状態で搬送されながら、黒崎は沼田に電話をしたわけだ。沼田が床に崩れた。戸田と森田、内田が肩を抱く。

 体育大会の予行演習の日だった。部員たちに帰るよう説得したが、彼女らは渋った。鷹木主任が「明日の欠席はだめだぞ」と言って、病院にいることを許してくれた。

 黒崎が処置室から出てきた。長い時間かかった気がするが、ジョージにはよくわからなかった。三カ所の骨折で、十日程度の入院だろうと聞かされた。
「ただし、当分、松葉杖です」
 最後に医者が言った。

 もうすぐ夜が明けるという頃、廊下のジョージたちの所に、黒崎の両親が来た。

「娘が、演劇部のみなさんと話をしたいと」

 教員は顔を見合わせた。鷹木主任が頷く。ジョージが「行っといで」と言った。部員たちが入っていく。

 覚悟を決めた。学園祭まであと三日。重要なキャストが怪我で離脱。しかも、深夜のバイク事故。学校からの処分は免れない。謹慎処分は当然だろう。それで済むかどうか。
「あぁ、ことしの公演は中止だな」

 夏の間の努力が無駄になった。部員たちのことを思うと、心が痛む。

「くろさきぃ」

 腹立たしいよりも、悔しかった。

 部員たちが病室から出てきた。複雑な表情だ。なぜか全員がジョージを見る。

「先生、話をしてきました」

 沼田が言った。

「樹里亜ちゃんが、もうお芝居できないね。中止だね。ごめんねって言うから。アホって言いました。アホちゃうかって」

 菊田先生が乗り移ったのか。ジョージは「それで」と尋ねた。

「だから、アホかって。中止にしない。絶対に上演するって」

「しかし」

「私に代役させてください。あの子のセリフと動き、私、覚えていますから」

 部員全員が「お願いします」と言う。

「しかしなぁ」

「先生、私が下手くそなのはわかってます。役をもらえなかったし。でも、これで中止にしたら、樹里亜ちゃん、自分のせいだと思って、なんかもう、戻れなくなっちゃうかもしれない。だから中止はだめです。私にやらせてください」

 

<9>へつづく