※ラスト前です。長めですが、よろしくお願いします。
<8>からつづく
しおかぜ町から「キンパッつぁん編<8>」2023/11/13ー②事故と自己主張 - しおかぜ町から
気持ちは伝わる。ジョージは鷹木先生に尋ねてみた。
「どんなもんでしょうか。演劇部としての責任もあるし」
「まぁ、この子たちは悪くないからなあ。だけど、生活指導部や、校長、教頭の了解は取るべきだな。私の判断だけでは、なんとも」
望みはあるかも知れない。今度は黒崎の担任が言った。
「夏目先生。やってみて。沼田さんが言うように、あの子、自分を責めると思う。意外と責任感と義理人情には厚いのよ」
担任も応援してくれる。生徒たちが緊張しながら、やり取りを聞いている。
「わかった。努力してみる。で、君らは帰って少し休みなさい。絶対、学校、遅刻するなよ。それから、昼休みに部室に集合。下級生も全員。そのときに、上演できるかどうか報告する」
「お願いします。先生、お願いします」
生徒たちが帰って行く。
「ありがとうございました」
ジョージは鷹木先生に頭をさげた。
「でも、だいじょうぶか。あと三日だよ、夏目先生」
「はぁ、ですね」
自分でもよくわからなかった。ただ、学校が認めてくれるかどうか。それを確かめなければ始まらない。深夜のバイク事故。当事者が部員なのだ。クラブの責任と言われても反論できない。
教師三人で病室に入った。ベッドの黒崎。胴と脚にギプス。左頬に大きなガーゼ。そうだ、女の子の顔に傷が残るかも知れないのだ。何を言えばいい。
「先生」
黒崎が言った。小さな声だった。
「ごめん」
何か言わなければ、と思った。
「アホやな」
沼田の二番煎じだが、構うことはない。春、彼女と話をしたことを思いだした。あの日も「アホか」って言わなかったか。
「わかってるよ」
「アホやで」
「薫ちゃんにも同じこと言われたよ。キンパッつぁん、変われないんだよ、あたしは」
先生になんて口の利き方するの。お母さんが叱った。
「とにかく、早く直しなさい。登校できるようになったら連絡を」
鷹木先生が言うと。黒崎は目を閉じた。
「ほんとに馬鹿なヤツで」
父親が言う。「お父さん、そんな」と担任が言う。
病室を出た。
「とにかく我々もいったん引き上げよう。明日、いやいや、もう今日か。いろいろあるし、暑いし、たいへんだ」
幸い、タクシー乗り場に空車があった。三人で乗り込む。それぞれの自宅を順番に回ってもらう。
「帰って、着替えて、すぐ出勤だな」
鷹木先生が呟いた。
そのことばの通り、ジョージは帰って、シャワーを浴びて、準備をして飛び出した。出勤すると、体育の先生がグランドに白線を引いていた。予行の準備だ。
驚いたことに、鷹木先生が待ち構えていた。いつものようにダブルのスーツ。赤いネクタイをしている。パワータイ。バリバリ仕事をするぞ、という意志。
「さぁ、行くよ。夏目先生」
「えっ? 行くって」
「教頭と校長、生活指導部。上演できるか、頼みに行くんだろ。そうしないと始まらんだろ」
「先生もいっしょに行ってくださるんですか」
「当ったり前だろ。病院に来てた連中、みんな三年生だぞ。放っておけるかってんだ。スッキリして、受験勉強してもらわねーと困るんだよ」
べらんめぇ口調になっている。強い味方を得た、とジョージは思った。
さすがに、次期教頭と噂される鷹木先生だった。事情を説明して頭を下げると、現教頭先生は「わかりました」と言ってくれた。「しかし、今から配役変わって間に合うのかね」とも言われた。
その教頭先生を加えて、生活指導主任の岡部先生ところに行く。今度はジョージが事情を話した。以前、別の事件のことで、岡部先生はジョージを信頼してくれている。
「黒崎さんは問題だけど、他の生徒は関係ないですよ」
現教頭と次期教頭候補も「よかった」という顔。
「でも、今から間に合うの」と、岡部先生のも聞かれる。
その岡部先生も加わって、四人で校長室へ向かう。
桃太郎みたいだな。俺は猿かな、犬かな、キジかな。すると校長先生が鬼ってことか。緊張して校長室に入った。鷹木先生が話し始める。鬼が怖い顔をして聞いていた。
時間はかかったが、校長先生は「まぁ、よろしいでしょう」と言ってくれた。最後に、同じ質問が来た。
「夏目先生、本当に間に合うのかい」
昼休み、部員たちに伝えた。全員が静かに聞いていた。
「失敗できない」
そんな雰囲気だ。三年生の表情が硬い。
「では、放課後。新キャストを入れて練習」
菊田先生がジョージの肩を叩いた。
「たいへんやったな、て言うか、まだこれからやけど。ほんまに間に合うか」
「菊田先生まで、ハハハハハ」
プレッシャーを感じすぎて、逆に笑ってしまった。
時間がないのは、共通認識だ。体育大会の演習が終わったのが三時。三十分後には全部員が揃っていた。
「とにかく、一度通してみよう」
芝居が始まる、みんな体操服のままだ。着替える時間が惜しい。
昨夜の宣言通り、沼田はセリフをすべて覚えていた。演技も再現する。『薫ちゃんノート』が役立っている。
大きなミスはなく最後まで通した。
しかしなあ。ジョージは思った。
不満しかない。ただ流しただけだ。それでも、もう五時前だった。
落ち着け。言い聞かせた。焦るなよ。
「沼田が絡むところを、やっていこう」
沼田はよくやっている。ジョージはそう思う。しかし、形だけ繕っても、いい芝居にはならない。彼女は黒崎のものまねをしているだけだ。
そうじゃないんだよな。歯がゆい。できないか、沼田。
下校時間を考えると、あと一場面しか練習できない。
「なんなの、あなた」
ヒロインに対して、恋人の姉が言う場面。ジョージの指導がブレたところだ。黒崎は静かに語ることで、凄みといやらしさを表現した。
「なんなの、あなた」
沼田が黒崎の演技をなぞる。いやらしさはない。凄みもない。やさしさを感じてしまう。彼女の性格のよさが出てくるのか。
「違うんだよ」
ジョージが言う。沼田が「はい」と言う。
「もう一度」
「なんなの、あなた」。工夫はしているのだが。
「違う、ってんだろ」
ジョージのことばが荒くなる。「すみません」と沼田が言う。
「すみません、なんか聞きたくない」
言ってしまう。沼田がうなだれる。だけど、このセリフなんだよ。大事なんだよ。時間がない。
「ここまで。明日の照明と音響の場当たり、きっかけ稽古は省略。今日と同じ練習」
そう言って、練習場所を離れた。沼田にはショックだろうが、しかたがない。
黒崎の思いも背負ったのだ、お前は。
職員室に戻った。どっと疲れが出た。昨夜は眠っていない、昼間は炎天下、放課後は修羅場の演劇部。
とりあえず帰って寝よう。そう考えていると肩を叩かれた。鷹木先生だった。冷えた缶コーヒーを首筋に当てられた。
「ひやー」
「ははは」
ゴルゴ鷹木が笑っている。ジョージもなんとなく笑顔を返す。
「お疲れさん、だな」
ゴルゴが、なぜか小声で言う。
「あ、ありがとうございます」
「まぁ飲んで」とコーヒーを渡された。
それだけで鷹木先生は席に戻っていった。もらった缶コーヒーを飲む。今日、一番しあわせな出来事だと思った。
翌日も、同じことの繰り返しだった。
沼田は殻を破れないでいる。嫌われてこそ、の役なのに、いい人の印象を与えてしまう。他のキャストも同じことを感じている。それでも、緊急事態に代役を申し出た彼女には、何も言えない。
形だけは整うだろう。とりあえず芝居は成立する。幕が開いて、幕が閉じる。ただそれだけだった。
黒崎の演技には感情があった。感情の表現や発露があった。嫌われ者への共感があった。
沼田の芝居は段取りだけだ。『薫ちゃんノート』の記録通りに、なぞっているだけだ。
鬱々としたまま、練習を終えた。明日はリハーサルである。明後日が本番。時間切れだ。
まぁ、いいよ。仕方ないよ。形だけでもいいよ。ジョージはそんな気分になった。
「本当に間に合うのか」
みんなに尋ねられた。
「間に合いました」
そう言えるだろう。
「形だけは間に合いました」が真実だけど。
沼田が無理なことを引き受けてくれたのだ。十分じゃないか。自分が多くを望み過ぎているんだ。
苦い気持ちを噛みしめていると、その沼田がやって来て、紙を一枚差し出した。
「先生、これ」
「何かな」
「来てください。お願いします」
見ると地図があった。「若菜町集会所」とある。
疲れていたが、行こうと思った。
校務を終えて、学校を出た。集会所に着いたときは、八時を十五分ほど過ぎていた。
建物の前に、沼田の母親がいた。
「先生、ありがとうございます」
「はい、言われて来ました。えっと」
「娘に頼まれて、集会所の使用を申請したんです。私、自治会の役員なので」
案内されて建物に入る。会議室のような部屋に、キャストが揃っていた。内田が言う。
「先生、ごめんなさい。勝手なことして。もっと練習しようって。それで、薫ちゃんママに頼んで場所を取ってもらった」
「いや、しかしな」
森田恵子が泣きながら言う。
「わかってます、先生。こんな遅くに校外で練習するの、反則ですよね。でも、時間がないもん。先生が校長先生に怒られるんだったら、私たちが代わりに怒られるから」
戸田朱里が「もっと言え」とけしかける。感情が昂ぶったのか、森田は顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。戸田が慌てて助け起こす。
今度は沼田。いつもの笑顔はない。
「すみません、先生。私、わかってます。樹里亜ちゃんのようにできないです。だけど、せめて恥ずかしくない演技をしたいです。今夜のことは絶対に言いませんから、どうか教えてください。お願いです。教えてください」
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