しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<9>」2023/11/14 沼田もがく

※ラスト前です。長めですが、よろしくお願いします。

<8>からつづく

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<8>」2023/11/13ー②事故と自己主張 - しおかぜ町から

 

 気持ちは伝わる。ジョージは鷹木先生に尋ねてみた。

「どんなもんでしょうか。演劇部としての責任もあるし」

「まぁ、この子たちは悪くないからなあ。だけど、生活指導部や、校長、教頭の了解は取るべきだな。私の判断だけでは、なんとも」

 望みはあるかも知れない。今度は黒崎の担任が言った。

「夏目先生。やってみて。沼田さんが言うように、あの子、自分を責めると思う。意外と責任感と義理人情には厚いのよ」
 担任も応援してくれる。生徒たちが緊張しながら、やり取りを聞いている。

「わかった。努力してみる。で、君らは帰って少し休みなさい。絶対、学校、遅刻するなよ。それから、昼休みに部室に集合。下級生も全員。そのときに、上演できるかどうか報告する」

「お願いします。先生、お願いします」

 生徒たちが帰って行く。

「ありがとうございました」

 ジョージは鷹木先生に頭をさげた。

「でも、だいじょうぶか。あと三日だよ、夏目先生」

「はぁ、ですね」

 自分でもよくわからなかった。ただ、学校が認めてくれるかどうか。それを確かめなければ始まらない。深夜のバイク事故。当事者が部員なのだ。クラブの責任と言われても反論できない。

 教師三人で病室に入った。ベッドの黒崎。胴と脚にギプス。左頬に大きなガーゼ。そうだ、女の子の顔に傷が残るかも知れないのだ。何を言えばいい。

「先生」

 黒崎が言った。小さな声だった。

「ごめん」

 何か言わなければ、と思った。

「アホやな」

 沼田の二番煎じだが、構うことはない。春、彼女と話をしたことを思いだした。あの日も「アホか」って言わなかったか。

「わかってるよ」

「アホやで」

「薫ちゃんにも同じこと言われたよ。キンパッつぁん、変われないんだよ、あたしは」

先生になんて口の利き方するの。お母さんが叱った。

「とにかく、早く直しなさい。登校できるようになったら連絡を」

 鷹木先生が言うと。黒崎は目を閉じた。

「ほんとに馬鹿なヤツで」

 父親が言う。「お父さん、そんな」と担任が言う。

 病室を出た。

「とにかく我々もいったん引き上げよう。明日、いやいや、もう今日か。いろいろあるし、暑いし、たいへんだ」

 幸い、タクシー乗り場に空車があった。三人で乗り込む。それぞれの自宅を順番に回ってもらう。

「帰って、着替えて、すぐ出勤だな」

 鷹木先生が呟いた。

 そのことばの通り、ジョージは帰って、シャワーを浴びて、準備をして飛び出した。出勤すると、体育の先生がグランドに白線を引いていた。予行の準備だ。

 驚いたことに、鷹木先生が待ち構えていた。いつものようにダブルのスーツ。赤いネクタイをしている。パワータイ。バリバリ仕事をするぞ、という意志。

「さぁ、行くよ。夏目先生」

「えっ? 行くって」

「教頭と校長、生活指導部。上演できるか、頼みに行くんだろ。そうしないと始まらんだろ」

「先生もいっしょに行ってくださるんですか」

「当ったり前だろ。病院に来てた連中、みんな三年生だぞ。放っておけるかってんだ。スッキリして、受験勉強してもらわねーと困るんだよ」

 べらんめぇ口調になっている。強い味方を得た、とジョージは思った。

 さすがに、次期教頭と噂される鷹木先生だった。事情を説明して頭を下げると、現教頭先生は「わかりました」と言ってくれた。「しかし、今から配役変わって間に合うのかね」とも言われた。

 その教頭先生を加えて、生活指導主任の岡部先生ところに行く。今度はジョージが事情を話した。以前、別の事件のことで、岡部先生はジョージを信頼してくれている。

「黒崎さんは問題だけど、他の生徒は関係ないですよ」

 現教頭と次期教頭候補も「よかった」という顔。

「でも、今から間に合うの」と、岡部先生のも聞かれる。

 その岡部先生も加わって、四人で校長室へ向かう。

桃太郎みたいだな。俺は猿かな、犬かな、キジかな。すると校長先生が鬼ってことか。緊張して校長室に入った。鷹木先生が話し始める。鬼が怖い顔をして聞いていた。

 時間はかかったが、校長先生は「まぁ、よろしいでしょう」と言ってくれた。最後に、同じ質問が来た。
「夏目先生、本当に間に合うのかい」


 昼休み、部員たちに伝えた。全員が静かに聞いていた。

「失敗できない」

 そんな雰囲気だ。三年生の表情が硬い。

「では、放課後。新キャストを入れて練習」

 菊田先生がジョージの肩を叩いた。

「たいへんやったな、て言うか、まだこれからやけど。ほんまに間に合うか」

「菊田先生まで、ハハハハハ」

 プレッシャーを感じすぎて、逆に笑ってしまった。

 時間がないのは、共通認識だ。体育大会の演習が終わったのが三時。三十分後には全部員が揃っていた。

「とにかく、一度通してみよう」

 芝居が始まる、みんな体操服のままだ。着替える時間が惜しい。

 昨夜の宣言通り、沼田はセリフをすべて覚えていた。演技も再現する。『薫ちゃんノート』が役立っている。

 大きなミスはなく最後まで通した。

しかしなあ。ジョージは思った。

不満しかない。ただ流しただけだ。それでも、もう五時前だった。

 落ち着け。言い聞かせた。焦るなよ。

「沼田が絡むところを、やっていこう」

沼田はよくやっている。ジョージはそう思う。しかし、形だけ繕っても、いい芝居にはならない。彼女は黒崎のものまねをしているだけだ。

 そうじゃないんだよな。歯がゆい。できないか、沼田。

 下校時間を考えると、あと一場面しか練習できない。

「なんなの、あなた」

 ヒロインに対して、恋人の姉が言う場面。ジョージの指導がブレたところだ。黒崎は静かに語ることで、凄みといやらしさを表現した。

「なんなの、あなた」

 沼田が黒崎の演技をなぞる。いやらしさはない。凄みもない。やさしさを感じてしまう。彼女の性格のよさが出てくるのか。

「違うんだよ」

 ジョージが言う。沼田が「はい」と言う。

「もう一度」

「なんなの、あなた」。工夫はしているのだが。

「違う、ってんだろ」

 ジョージのことばが荒くなる。「すみません」と沼田が言う。

「すみません、なんか聞きたくない」

 言ってしまう。沼田がうなだれる。だけど、このセリフなんだよ。大事なんだよ。時間がない。

「ここまで。明日の照明と音響の場当たり、きっかけ稽古は省略。今日と同じ練習」

 そう言って、練習場所を離れた。沼田にはショックだろうが、しかたがない。

 

 黒崎の思いも背負ったのだ、お前は。

 

 職員室に戻った。どっと疲れが出た。昨夜は眠っていない、昼間は炎天下、放課後は修羅場の演劇部。

 とりあえず帰って寝よう。そう考えていると肩を叩かれた。鷹木先生だった。冷えた缶コーヒーを首筋に当てられた。

「ひやー」

「ははは」

 ゴルゴ鷹木が笑っている。ジョージもなんとなく笑顔を返す。

「お疲れさん、だな」

 ゴルゴが、なぜか小声で言う。

「あ、ありがとうございます」

「まぁ飲んで」とコーヒーを渡された。

 それだけで鷹木先生は席に戻っていった。もらった缶コーヒーを飲む。今日、一番しあわせな出来事だと思った。

 

 翌日も、同じことの繰り返しだった。

沼田は殻を破れないでいる。嫌われてこそ、の役なのに、いい人の印象を与えてしまう。他のキャストも同じことを感じている。それでも、緊急事態に代役を申し出た彼女には、何も言えない。
 形だけは整うだろう。とりあえず芝居は成立する。幕が開いて、幕が閉じる。ただそれだけだった。

 黒崎の演技には感情があった。感情の表現や発露があった。嫌われ者への共感があった。

 沼田の芝居は段取りだけだ。『薫ちゃんノート』の記録通りに、なぞっているだけだ。
 鬱々としたまま、練習を終えた。明日はリハーサルである。明後日が本番。時間切れだ。
 まぁ、いいよ。仕方ないよ。形だけでもいいよ。ジョージはそんな気分になった。

「本当に間に合うのか」

 みんなに尋ねられた。

「間に合いました」

 そう言えるだろう。

「形だけは間に合いました」が真実だけど。

 沼田が無理なことを引き受けてくれたのだ。十分じゃないか。自分が多くを望み過ぎているんだ。

 苦い気持ちを噛みしめていると、その沼田がやって来て、紙を一枚差し出した。

「先生、これ」

「何かな」

「来てください。お願いします」

 見ると地図があった。「若菜町集会所」とある。

 疲れていたが、行こうと思った。

 校務を終えて、学校を出た。集会所に着いたときは、八時を十五分ほど過ぎていた。

 建物の前に、沼田の母親がいた。

「先生、ありがとうございます」

「はい、言われて来ました。えっと」

「娘に頼まれて、集会所の使用を申請したんです。私、自治会の役員なので」

 案内されて建物に入る。会議室のような部屋に、キャストが揃っていた。内田が言う。
「先生、ごめんなさい。勝手なことして。もっと練習しようって。それで、薫ちゃんママに頼んで場所を取ってもらった」

「いや、しかしな」

 森田恵子が泣きながら言う。

「わかってます、先生。こんな遅くに校外で練習するの、反則ですよね。でも、時間がないもん。先生が校長先生に怒られるんだったら、私たちが代わりに怒られるから」
 戸田朱里が「もっと言え」とけしかける。感情が昂ぶったのか、森田は顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。戸田が慌てて助け起こす。

 今度は沼田。いつもの笑顔はない。

「すみません、先生。私、わかってます。樹里亜ちゃんのようにできないです。だけど、せめて恥ずかしくない演技をしたいです。今夜のことは絶対に言いませんから、どうか教えてください。お願いです。教えてください」

 

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