しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/11/21演技と涙

しおかぜ町から2023/11/19黒崎樹里亜と対面する - しおかぜ町から

 

少し脚を開き気味にして、

黒崎樹里亜が舞台に立った。

「スタート」

キンパッつぁんが手を一度叩いた。

 

数秒間の沈黙。

大きく息を吸い、彼女が最初のセリフを発する。

静かだが、よく通る声。ホールに充満した。

「私は生きて来た」

微笑む。微笑んだだけだが、舞台上の演技だ。

大きく表情を動かしている。

「この森で生きて来た。

仲間といっしょに大きくなった。

小さい頃は、強い風に倒されそうになったけど

今は、根をはって生きている」

両手を広げる。その手の指先を左、右と見る。

「私の枝に、鳥が巣を作ったこともある。

卵を産み、あたため、雛を育てる。

私は、葉を繁らせてあげた。

巣を目立たないようにして、守ってあげた。

やがて、雛たちは巣立っていった。

私は、あの子たちが大人になって戻って来るのを、

楽しみに待っている」

彼女は明るいトーンでセリフを続ける。

聞いていてハッピーだ。

客席では、仲間の内田さんと沼田さんが見つめている。

黒崎樹里亜がセリフをつなぐ。

それにしても、即興でこれだけセリフを作るのだ。

私は、すでに彼女を認めていた。

「ときには、リスやタヌキがやってきて、根元で休んだりする。

私が落とした葉っぱが、ふわふわで気持ちがいいのだそうだ。

森の生活はやさしい。私はここで生きていく」

そこで間。一歩、斜め前に出た。

「いつまでも生きていたかった」

雰囲気を変えた。

「痛い」

ほんとうに痛そうだった。伝わった。

「人間が、人間が来て、私に斧を振るっていた。大きな斧だ。

私を、私を切り倒そうとしている」

体を大きく傾ける。

「やめてよ、痛いよ、痛いよ。やめてよ、そんなこと。

倒さないでよ。私が何かした?」

激しく体を揺らす。

「どうして、どうして、私なの? 

倒れたくない。私は生きたい。

この森で、仲間と生きていたい」

両膝をつく。腕を激しく振る。

「生きたい、生きたい、死にたくない。

もっともっと生きたいの。いやだ死にたくない。

もう、やめてよ」

絶叫。上体を倒す。体が柔らかい。

最後は、静かに締めた。

「もっと、生きたい、生きたい、死にたくない」

 

しばらく、誰も声を出さなかった。

黒崎は上体を伏せたままだ。

私しかいない。

「オッケーです」と言うと、

やっと立ち上がった。

「ありがとうございました」

ていねいな礼をしてくれる。

キンパッつぁんから聞いていた、やんちゃなイメージはない。

こんな場面で拍手していいのだろうか。

そういう顔で、彼女の友人たちが戸惑っていた。

私を見たので、頷いてあげると盛大に手を叩いた。

「感動したあ」と内田さんが声をかけた。

 

5分弱の演技だったが、かなりのセリフ量だ。

それを即興で考え、澱みなく演技をしていた。

彼女を落とす試験官がいたら、どうかしてる。

そう思うが、それは私の感想だ。

それにまだまだ伸びしろもある。

おもしろい子だなあ。

私は思った。

 

いくつか気付いたことを話す。

黒崎さんだけではなく、付き添いのふたりも熱心に聞いていた。

最後に、キンパッつぁんが遠慮がちに質問してきた。

「三ツ色さん、どうです? 黒崎の演技指導、引き受けてくださいますか?」

少女が緊張するのがわかった。

彼女に近付く。そばに寄ると、なるほど顔の傷がわかる。

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<8>」2023/11/13ー②事故と自己主張 - しおかぜ町から

ただ、舞台の彼女を客席から見れば、それほど目立たないのではないか。

だいたい、メイクでなんとでもなるだろう。

 

「がんばりましょう」と言った。

驚いたことに、彼女の目から涙がこぼれた。

この数ヶ月のストレスと救い。

私が想像する以上なのだろう。

なぜか、沼田さんと内田さんが「ありがとうございます」と言う。

キンパッつぁん、この子たちに、すごい負荷をかけてたんじゃないか?

私は、居酒屋で、

酔っぱらったキンパッつぁんに頼まれて引き受けたというのに。

しおかぜ町から2023/11/17新展開だな - しおかぜ町から

なんだか、超・責任重大じゃないか。

なにがなんでも黒崎さんを合格させなければならない。

少し恐ろしかったが、気持ちが引き締まった。

ありがと、キンパッつぁん。