しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/11/19黒崎樹里亜と対面する

私たちのバンド練習。その1時間前。

キンパッつぁんに案内されて、演劇部の練習場所に行った。

スクールホール。いい設備だ。

私が勤務校で指導した演劇部の

稽古場は年代物の講堂だった。

舞台は、歩くとミシミシと音がする。

照明や音響も、苦労したものだ。

それと比べると、夢のような舞台である。

舞台照明のバトンも3列あり、アンダーホリゾントライトがどんと乗っかっている。

客席の後方に、調光室兼音響室。

その恵まれた舞台の前に、少女が立っていた。

ホールに入った途端に輝いて見えたのは気のせいだろうか。

彼女が黒崎樹里亜さんに違いない。

 

※黒崎樹里亜については↓

しおかぜ町から「キンパッつぁん編<5>」2023/11/11黒崎樹里亜(じゅりあ)登場! - しおかぜ町から

※そもそもの話は↓

しおかぜ町から2023/11/07「キンパッつぁん編<1>」 - しおかぜ町から

 

キンパッつぁんが紹介してくれたが、わかりきったことだった。

「よろしくお願いします」

しおらしく頭を下げる。

聞いていたイメージとはずいぶん違う。

もっと、挑むような態度をとられるのかと覚悟していた。

それでも、

私を見る目線には、射貫くような力があった。

いいぞ。

そうじゃなきゃ。

 

彼女以外にも生徒がいた。キンパッつぁんが咎める。

「キミたちはなんだ? 黒崎のためにコーチに来ていただいたんだ」

「すみません。樹里亜ちゃんがどうしても、って」

内田と沼田です。キンパッつぁんが私に言う。

初対面だが、すでに知っているような気分だった。

さんざん飲み屋で聞いた名前だ。

黒崎樹里亜が言う。

「私が頼んだんです。今日だけです。あの、やっぱり不安じゃないですか。

私、こんなふうに、その」

「いいよ、大丈夫だよ」

彼女の気持ちはわかる。

卒業式前日の、あのルーメンを、思い出した。

しおかぜ町から~追憶編8最終 - しおかぜ町から

拒絶し拒絶されてきた者が、

存在を認められ、周囲が動いてくれている、自分のために。

戸惑うこともあるだろう。

 

「なあ、黒崎君、さっそくだけど、いいかな」

驚いたようだが、黒崎の顔が引き締まった。

キンパッつぁんには「いきなりかますけど」と言ってある。

「はい」

目の力。先ほど以上に私を射貫く。いいぞいいぞ。

「『木』を演じてくれ」

ありふれた、と言えばありふれたお題だった。

演技テストでは、ありそうな課題だった。

プロの練習でも、演出家から要求されそうだ。

そうなのだ。ありふれた要求だから、ありふれた答えがある。

 

木の一生を演じるか。

たとえば、地面から芽吹き成長し、大きくなりやがて老木となる。

四季の変化の表現か。

春の若葉、花を咲かせる喜び、夏の生命力、秋の寂しさ、冬の孤独。

そんな演技になる。

ありふれているが、体の表現や即興のセリフは、アイデアを試される。

 

黒崎樹里亜が、数秒間固まった。私を目で射貫いたままだ。

試されている。理解したようだ。

「わかりました」

素直とも、投げやりとも、感じられる言い方だ。

 

黒崎樹里亜。

おそらく屈託がたくさんあるだろう少女が舞台に上がった。