私たちのバンド練習。その1時間前。
キンパッつぁんに案内されて、演劇部の練習場所に行った。
スクールホール。いい設備だ。
私が勤務校で指導した演劇部の
稽古場は年代物の講堂だった。
舞台は、歩くとミシミシと音がする。
照明や音響も、苦労したものだ。
それと比べると、夢のような舞台である。
舞台照明のバトンも3列あり、アンダーホリゾントライトがどんと乗っかっている。
客席の後方に、調光室兼音響室。
その恵まれた舞台の前に、少女が立っていた。
ホールに入った途端に輝いて見えたのは気のせいだろうか。
彼女が黒崎樹里亜さんに違いない。
※黒崎樹里亜については↓
しおかぜ町から「キンパッつぁん編<5>」2023/11/11黒崎樹里亜(じゅりあ)登場! - しおかぜ町から
※そもそもの話は↓
しおかぜ町から2023/11/07「キンパッつぁん編<1>」 - しおかぜ町から
キンパッつぁんが紹介してくれたが、わかりきったことだった。
「よろしくお願いします」
しおらしく頭を下げる。
聞いていたイメージとはずいぶん違う。
もっと、挑むような態度をとられるのかと覚悟していた。
それでも、
私を見る目線には、射貫くような力があった。
いいぞ。
そうじゃなきゃ。
彼女以外にも生徒がいた。キンパッつぁんが咎める。
「キミたちはなんだ? 黒崎のためにコーチに来ていただいたんだ」
「すみません。樹里亜ちゃんがどうしても、って」
内田と沼田です。キンパッつぁんが私に言う。
初対面だが、すでに知っているような気分だった。
さんざん飲み屋で聞いた名前だ。
黒崎樹里亜が言う。
「私が頼んだんです。今日だけです。あの、やっぱり不安じゃないですか。
私、こんなふうに、その」
「いいよ、大丈夫だよ」
彼女の気持ちはわかる。
卒業式前日の、あのルーメンを、思い出した。
拒絶し拒絶されてきた者が、
存在を認められ、周囲が動いてくれている、自分のために。
戸惑うこともあるだろう。
「なあ、黒崎君、さっそくだけど、いいかな」
驚いたようだが、黒崎の顔が引き締まった。
キンパッつぁんには「いきなりかますけど」と言ってある。
「はい」
目の力。先ほど以上に私を射貫く。いいぞいいぞ。
「『木』を演じてくれ」
ありふれた、と言えばありふれたお題だった。
演技テストでは、ありそうな課題だった。
プロの練習でも、演出家から要求されそうだ。
そうなのだ。ありふれた要求だから、ありふれた答えがある。
木の一生を演じるか。
たとえば、地面から芽吹き成長し、大きくなりやがて老木となる。
四季の変化の表現か。
春の若葉、花を咲かせる喜び、夏の生命力、秋の寂しさ、冬の孤独。
そんな演技になる。
ありふれているが、体の表現や即興のセリフは、アイデアを試される。
黒崎樹里亜が、数秒間固まった。私を目で射貫いたままだ。
試されている。理解したようだ。
「わかりました」
素直とも、投げやりとも、感じられる言い方だ。
黒崎樹里亜。
おそらく屈託がたくさんあるだろう少女が舞台に上がった。