しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2024/01/21病室にて

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しおかぜ町から2024/01/17萌花と樹里亜、遭遇 - しおかぜ町から

病室で騒いではだめだよ。

萌花が高校生軍団を連れて出て行った。

二十分ほどして萌花だけが戻ってきた。

LINEを交換して、記念撮影(何の記念だ?)をしてきたらしい。

すっかり仲良くなった。

よかったよかった(のか?)。

 

「それより」

彼女は、シェフや師匠に

突然の帰国の説明をしてきたのだ。

「みんな、三ツ色さんが重傷なのは知ってるから」

理解はしてもらえた。

ただ、ワイン修行を断念することは?

「それは私の判断だから仕方ない。

一応、そう言ってもらえた。

中止するのも覚悟がいるって、木俣さんが。

ただし、礼儀や手続きがあるから

一度、フランスに戻って、ちゃんとしてくるようにって」

もちろん費用は自腹。痛い出費だ。

「しょうがないよ。荷物も置いたままだし。それより」

再雇用はできないと言われたらしい。

すでに、彼女の代わりのスタッフが雇われている。

「とりあえず無職になっちゃった、ハハハ」

どこかの店を紹介する。

シェフはそう言ってくれたらしい。

「すまないなあ、俺のために」

「すまなくないよ。当然だよ」

萌花が、私の痛まない右手を握る。

「逆に、そばにいれてうれしいよ」

病室の窓から見る空は、冬晴れだ。

しばらく、ふたりで眺めていた。

 

そうしていると、見舞客が来た。

木俣さん、萌花の師匠ソムリエだ。

彼女がドギマギする。

「なんか、いい雰囲気のところ、おじゃまします」

私は起き上がることができない。

横たわったまま、首だけを動かす。

「木俣さん、いろいろと申し訳ありません」

萌花が直立する。

挨拶に行ったばかりの師匠が現れた。

「さすがにお見舞い、ワインってわけにはいかないので、お花です」

冬のこの時期に華やかな花束だ。

萌花が受け取って、花器を探しに行った。

「三ツ色さん」

木俣さんが言う。

「彼女には言ったんですけどね。

帰ってこないなんて、あり得ない。萌花くんの選択は絶対正しいんですよ。

仕事や資格のことでは不利になるけれど、

そっちを優先するようでは、私たちが応援する彼女じゃないでしょう」

「ありがとうございます」

精一杯、首を動かした。

「そんなに、動かさないでください」

頭を強打した、私を気遣ってくださった。

「ほんとうは、またウチでね、彼女」

いやいや、もうそこまで言っていただければ充分じゃないか。

私が彼女を守らないといけないのに。不甲斐ないなあ、俺。

「ナースステーションで貸してくれた」

萌花が花瓶に花を入れて持って来た。

病室が明るくなる。

「高かったでしょう、木俣さん」

「萌花くん、高かったよ、なんて言えないじゃないか」

木俣さんが苦笑する。私も笑う。笑うと痛むところがある。

顔をしかめると、萌花が駆け寄って来て「大丈夫? どこ?」と言う。

お邪魔でしたね、本当に。

今度は木俣さんが、声を出して笑った。