【承前】
しおかぜ町から2023/07/06萌花withパパ&ママ - しおかぜ町から
そんなこと言われたって、である。
シェフや師匠の木俣さんが、考えてくれて、
ご両親が賛成で、
萌花のプラスになることだ。
私が、反対するわけないじゃないか。
いや、
反対できるわけ、ないじゃないか。
結論は出た。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
萌花が立ち上がって、シェフと木俣さんに頭を下げた。
両親に「そういうことになりました」と言う。
萌花パパが頷く。萌花ママはじっと娘の顔を見ていた。
「ワイン、飲んでよ」
私には、そう言った。グラスのワインが残っていた。
彼女は笑っていない。
「萌花、三ツ色さんに向かって、その言い方」
ママが注意する。木俣さんが苦笑している。
シェフが話題を変えた。
「三ツ色さん、『秋のグルメフェスティバル』の件、よろしくおねがいしますね」
「いやあ、私につとまるでしょうか」
「大丈夫ですよ、三ツ色さんなら。デザイナーとかのお知り合いはいませんか?」
「まあ、心当たりはありますけど」
萌花が、私とシェフの顔を交互に見る。
「え、え? 何の話ですか」
私が催し物の広報を担当することになったと、シェフが説明した。
しおかぜ町から2023/06/29ゲリラ雷雨とオファー - しおかぜ町から
「えー、そんなの、聞いてないですう。秋って、私、もういないじゃないですか。
フランスじゃないですか。私も、手伝いたい。お願いします」
「ははは、別に△△(萌花の名字)君が、手伝うことじゃないよ。
三ツ色先生は、宣伝活動を統率したり、紹介文を書いたりされるんだ。
裏の仕事が多くて、申し訳ないけどね。
店は、いくつかメニューを考えることになる。
それは私の仕事だ」
〇〇シェフが立ち上がって、萌花の肩に手を置いた。
「さて、そろそろ開店時間だ。
△△君。今日は有給休暇を取ってもいいぞ」
萌花が、口元を引き締めた。
「いえ、とんでもないです」
私も立ち上がった。
「三ツ色先生を、お送りしなさい」
シェフが萌花に言った。彼女の両親が私に頭を下げる。
「お忙しいのに、ありがとうございました」
萌花に送られて、玄関に出た。
「三ツ色さん、傘」
まだ、雨は降っている。
「ビニール傘、店にそぐわなかったな」
「急に来てって言ったから……。ごめんね」
萌花を見た。目が合った。
「ねえ」と彼女が小声で言う。
「本当にいいの? フランス」
ため息が出た。
「いや。だけど、大人は感情を抑える。それに、
何がほんとに大切か、それを判断できるのも、大人ってことだ」
「二年は行くことになる」
そうか。
短い期間ではない。特におっさんにとっては。
「行くなって、言ってもよかったのに」
「そんなこと言ったら、俺、悪役じゃないか。
ご両親の前で、勘弁してくれよ」
「ところで、さあ」
彼女が私の左肩を見ている。
「どうして、そんなに左ばっかり濡れてるの?」
「ああ、ふたりでひとつの傘に……」
萌花がにらむ。
「何? 誰? 女? 相合い傘?」
まったくもう。
翔太を、家に送ったことを話す。なんとか、許してもらった……
いや、許すもなにも、私は悪くない、はずだが。
相手は中学三年生の男子だぞ。