しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/07/06萌花withパパ&ママ

【承前】

しおかぜ町から2023/07/05再びの雨、そして - しおかぜ町から

電話は萌花からだった。

雨の中で出る。

「ごめんね。今、時間ある?」

「ある。買い物に出たけど、別に急がない」

「あのね、ちょっとね、話がね、あるのね」

何か言いにくそうだ。

「いいけど、今、雨の中に立ってる」

「うん。それで、ちょっと来てくれないかな、お店なんだけど」

電話の向こうで「萌花、その言葉遣い」という声がする。

今の声は、確か……

「え?」

「えっとねえ……。来てから、話す」

ちょっと、怖いんですけど。

 

緊張。彼女が働くレストランへ行く。

開店前である。正面から入っていいのか、裏に回るのか。

要件を聞かされていないから、よくわからない。

困っていると、正面の扉が開いた。

「三ツ色さん」

萌花が顔を出す。

中に入って、示されたテーブル。仰天した。

萌花の両親。〇〇シェフ。ソムリエの木俣さん。

四人が立ち上がり、私に挨拶をする。

あわてて、私も頭を下げる。

なぜか、萌花もとなりで頭を下げた。

なんだ、この状況。

萌花の両親の正面に座る。

私の左、90度の位置にシェフと木俣さん。

木俣さんが合図をした。

萌花が、私の前にグラスを置く。

サービステーブルから冷えた白ワインを取って、注ぐ。

「いやいや、これは」

私は、萌花、木俣さん、シェフの顔を順番に見た。

木俣さんが笑う。

「三ツ色さん、お茶よりいいでしょう。

うちのハウスワインだから、味もご存じだし」

「はあ」

間抜けな声が出てしまう。

「それで、お話しというのは?」

うちの娘に手を出して。

うちの従業員をたぶらかしやがって。

などと、怒られるんじゃないよなあ。

ワインまで出してくれたんだし。

「実は、ですね」

シェフが話し出した。

「△△くん(萌花の名字だ)を、フランスへ行かそうと」

”ワイン留学”ということらしい。

留学と行っても、学校に入るわけではない。

シェフの旧知のレストランでの、見習いである。

知識が豊富なスタッフが多いし

ブドウの栽培、ワインの製造についても学べる。

「本場の空気を吸って、生活をして働いて。

日本とは、比較にならないほど多くを学べます。

すごい強みになると思います」

木俣さんも、そのレストランで修業をした。

その縁でシェフと知り合い、今、ソムリエとして働いている。

「彼女には期待してます。やってくれると思うんです。

前に尋ねられたとき、私、そう答えたじゃないですか」

しおかぜ町から2023/06/05ぷんすか - しおかぜ町から

木俣さんが、萌花を見た。

彼女は、すぐに察したようだった。

「それで、ご両親にもお話をしたんです。

フランスとなると、大きな決断ですから」

シェフが、両親を見た。

お二人とも表情は穏やかだった。

「いいお話だなと思いました。

チャンスを与えていただき、ありがたいです」

萌花パパが、シェフと木俣さんに言い、

私に向かって頷いた。その隣でママが、萌花を見る。

芸能界入りのときは、反対した両親だが、

今回はちがうようだ。

「それは、やはり……

本格的に仕事を覚えて、将来は資格も取れるでしょうし。

チャラチャラしてアイドル、と言ってたときとは」

チャラチャラしてなかったもん。

萌花が反論した。

「ねえ、三ツ色さん」

私に同意を求める。

確かにチャラチャラはしてなかった、かな。

あのとき、あの夜、

一晩、彼女と話し合った。

私は両親の意向に賛成した。

結果、萌花はあきらめた。

今回は、両親も背中を押している。

そういうことだ。

で?

「えっと、それで?」

私は思わず木俣さんに聞いていた。

いったい、なぜ、私がここに?

「それが、ですね」

木俣さんが苦笑する。

「あの、はっきり申し上げて、私、予想してたんですよ。

なあ△△くん(萌花の名字)」

萌花が下を向いて、モゴモゴ言っている。

顔が赤いのは、気のせいか。

「ご両親が戸惑っておられるかも」

萌花ママが応える。

「いえいえ、当然です。娘は、三ツ色さんの意見が大切なんです。

主人も承知しています」

ご主人が続く。

「はい。あのとき、芸能界入りでもめたときも、

親の気持ち、娘の気持ち、

公平に、真剣に考えていただきました。

だから、娘もわがままを言わず……」

いや、なんだかプレッシャーが。

木俣さんが言う。

「そんなわけです、三ツ色さん。

彼女、三ツ色さんが『いい』と言わない限り、

行かないって言ってるんですよ」

 

※この項続く