しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/06/22ルーメンと萌花

【承前】つづき

しおかぜ町から2023/06/18冒険占い師帰国、からの…… - しおかぜ町から

しおかぜ町から2023/06/19冒険占い師現る、からの大騒ぎ - しおかぜ町から

萌花は、本当に10分でやって来た。

レストランの制服である。

ソムリエエプロンだけ外した格好で、

白いシャツにボルドーカラーのベスト。

ネクタイまでしている。

茶店に飛び込んできた途端、

店内の全員が彼女を見た。

「萌花ちゃん、きれい、かっこいい」

なぜか、ルーメンが私におしぼりを投げる。

「やるね、センセー」

「だから、そんなのじゃないって」

「いいから、いいから」

萌花が、そばに来て頭を下げた。

「すみません、お待たせして。

あらためまして、〇〇(萌花の名字だ)と申します」

「△△(ルーメンの本名だ)です。萌花さん、座って」

「はい」

私の隣、ルーメンに向かい合って、萌花が腰を下ろした。

「あの、△△さん」

「ルーメンでいいわよ。私も萌花さんって言うし」

「はい、ルーメンさん、これ、帰国のお祝い」

萌花が、ワインの紙袋を差し出す。

受け取った、ルーメンがボトルを出して

ラベルを見た。

「わー、ありがとう。すごい。センセー、見て見て」

ルーメンが、ラベルを見せる。

うわ、高級なやつだ。シャトー・ジクス―ル。

レストランでは、1万円以上する。

「えらく、張り込んだな」

萌花が、当たり前のように言い返す。

「三ツ色さんの支払いです」

「おい」

萌花が、私の脇腹に肘を入れた。

ルーメンが笑う。ヒヤヒヤ、笑う。

「仲、いいね」

「そんなんじゃないって」

「そんなんじゃないです」

私と萌花がシンクロする。余計にルーメンが笑う。ヒヤヒヤヒヤ。

なぜか、萌花が恥ずかしそうにしている。

いや、ここは、堂々としていようよ。

「さっきも言ったけど、萌花さん、ごめんね。変なとこ見られちゃった」

「あ、いえ、事情はわかりましたから。

だいたい、三ツ色さんが悪いので」

え? オレ?

戸惑う私を無視して、女性二人が会話する。

「でも、ルーメンさん。それって、大冒険ですよね」

「そう、なのかな。いろいろ言われたけどね。

出国のときも、別室に呼ばれて確認された」

へえ、そうなんだ。

「私、両親もいないし、結婚してるわけじゃないから、

そういう意味では簡単だったんだけどね。

もしもの時は、自分ひとりだからって。

でも、そんなときに三ツ色センセにやさしいこと言われたからね」

「そうなんですね」

萌花が頷く。

「そうなの。砂漠で泣いたわよ。なんか、うれしくって」

「この人、そういうこと言いますもんね」

萌花が同意する。「この人」ってお前!

ルーメンもそこに反応した。

「『この人』だって、三ツ色センセー!」

「そんなんじゃないって」

「そんなんじゃないです」

再びシンクロ。

もうルーメンのおいしいエサ状態である。

本当に、「そんなんじゃない」んだけどなあ。

ルーメンと萌花は、気があったようで

LINEのIDを交換している。

 

「おばあちゃんが待ってるから、そろそろ行くわ」

ルーメンが言った。

私と萌花は、駅まで見送った。

ソムリエの服装の萌花は目立つ。

中東ファッション、いかにも占い師風のルーメンも目立つ。

改札を出入りする人が、ふたりを見ていく。

一緒にいるオヤジは注目されない、当たり前か。

「じゃあね、萌花ちゃん。

こんど占ってあげるね、そこのおじさんとの相性とか」

「あ、そんなのはいいです。私がソムリエの資格をとれるかどうか、

お願いしまーす」

「わかった~」

オヤジに恥かかせるな!

ルーメンが手を振って、ホームへのエスカレーターを上がって行った。

 

萌花と駅を出る。

「そろそろ店に行く時間だろ」

「まだ、いい、大丈夫」

「え、そうなの?」

キミ、すっかり制服のまま抜け出して来てますけど。

「三ツ色さんのことで、って言ったら、木俣さんが『ゆっくりしてこい』って」

また、誤解されそうだなあ。

「ちょっと、散歩しようよ、センセ」

珍しいことを言うので、河原に下りた。

昨日まで雨が続いていて、水量が多い。

「気持ちいいね」

萌花が川面を見て言う。

「そうだな」

「女子に大人気だねえ、三ツ色さんは」

言われて戸惑う。

「そんなことは」

「ある。ルーメンさんだろ。

優理だろ。しおかぜ町から2023/05/28ダービーの日に - しおかぜ町から

スーパーおとくにのバイトの子もだろ」

いや、それは人気と言うのか?

「それに、ワタ……」

なんか、小さい声でゴニョゴニョ言っている。

電車も通って、よく聞こえなかった。

「え、何だって?」

尋ねたとき、手が触れた。

近づきすぎた。私は腕を引いた。

「あのさ」

萌花が言う。

「手、繋いでよ」

驚く。繰り返す、驚いた。

「え、いや、どうした?」

「いいじゃん。手、繋いでよ。

ルーメンさんは抱いたくせに」

いや、それ、激しく誤解を生むから。

「言いたくないけど、私だってヤキモチ焼く。

さっき、あのとき、どうしていいかわからなかったの。

三ツ色さん、女の人と、その……

気が付いたら、なぜか、私、逃げてて。

かっこ悪い。わかってます。

ごめんなさい。ごめんなさい。

三ツ色さんにも、ルーメンさんにも気を使わせて」

いつもの強気な萌花ではない。

オレのせい、なの?

 

※この項続く