しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/09/09最後はラブストーリーに

【承前】

しおかぜ町から2023/09/07 流血、その後 - しおかぜ町から

 

木陰にベンチがあったので、そこで待つことにした。

ただ、気が気じゃない。

いっしょに行った方が、よほど楽だ。

30分ほど、腰を下ろしていたが、

縫った傷が痛み出した。

処方された痛み止めを飲むために、

自販機を探して水を買った。

ついでに優理のアパートの近くまで行って、

様子を窺ったが、部屋の中はわからない。

仕方なく、公園に戻り、薬を飲んだ。

一時間。そして一時間半、二時間。

陽が西に傾いてきたころ、

ふたりが現れた。

「ごめんね、遅くなって。疲れたでしょ」

萌花がいたわってくれる。

「いや。萌花こそ、ごくろうさま。で、どうなった」

彼女が、優理の表情を窺う。

「とにかく、お父さんには帰ってもらった。

今まで、優理にしたことや、

三ツ色さんに怪我させたことの謝罪はなかったけど、

一応、引き下がってもらった。

でないと、警察に通報する。出るとこにも出ると言った」

「優理くんは、それでよかったんだな?」

「もちろんです。父の元に戻ることはできません。

ただ、母が心配なだけです」

「でも、居場所を教えたのは、お母さんなんでしょ?」

「そうとしか。だって、私、母にしか伝えてなかったから」

オヤジのプレッシャーに負けたのかも知れない。

あのオヤジと毎日顔を突き合わすのはストレスだろう。

娘に手を出したクソ野郎。

「で、あのアパートはどうするんだ?」

また、いつオヤジが来襲するか知れたものではない。

萌花が答える。

「優理は、私の家で預かる。

さっき、うちの両親にも電話した。

うちだったら、親がいるから安心でしょ。

私がフランスにいる間、私の部屋を使えばいい」

「それはいいけど、萌花の出発まで、2週間あるじゃないか。

その間、どうすんだ」

「私は、三ツ色さんの部屋に転がり込むんじゃない」

「おいおい」

「それは、さすがに親が許さないか。

本当はそうしたいけど。三ツ色さんも、うれしいでしょ、えへへへ」

萌花、性格変わったか?

深刻な状況だが、優理にとって、萌花の明るさは救いだ。

客間だけど、一部屋あまってるから大丈夫だよ。

ね、と萌花が言う。優理が頭を下げた。

 

三人で帰る。

「優理に聞いたんだけど、

三ツ色さん、殴られてもやり返さなかったって。

怪我させられたのに、冷静に話をしようとしたって。

私が着いたときだよね」

萌花が私の腕を取る。

「すごいね。普通なら、大乱闘だよね」

「だって、どんな人だったとしても、

娘さんの前で、お父さんに荒っぽいことできないよ」

「それだけ?」

「うーん」

萌花のことを思ったのは確かだ。

私まで警察に事情を聞かれたりしたら、

彼女に迷惑がかかる。

それだけではない。

萌花のことだから、

「フランスなんかに行けない」と言い出すにちがいない。

正直に白状した。

「てへへ。私のこと考えてくれたんだ」

萌花が体を寄せてきた。

 

私の自宅前に着いた。

「明日、十時に病院へ行くの、迎えに来るから」

言ったものの、萌花がなかなか立ち去らない。

少し離れたところで 優理が困った顔をしている。

「どうした。早く行ってやりなよ」

「うん」

それでも、まだ離れない。もじもじ。

察したけど、いいのかな。優理が見てるぞ。

おじさんは照れるよ。

 

ぎゅっと抱きしめた。

一度だけだが、力を込めた。

萌花が息を吐く。胸に感じる。

『NO MATTER』とプリントされているシャツ、

その薄い生地を通して、感じた。

彼女の息を、私は感じた。

 

※この項終わり