しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/09/29萌花、ルーメン、優理

インターホンが鳴った。

ほんとうに来やがった。

モニターにルーメンが大映し。

鍵を開けてやる。

「へへ~。別に開けてくれなくても、

萌花ちゃんが合鍵、持ってるんだよね」

ワインもらってきたよ。

けっこう高級な赤と白を、両手で掲げた。

うーん、それはうれしい。

あとから入って来た萌花が

「お料理ももらってきた」と包みを抱えている。

豪勢な二次会だ。

 

「お仏壇は?」

ルーメンが言う。

「奥の部屋」

萌花がルーメンを案内する。

ふたりが正座する。私も後ろに座った。

カノンの遺影。

手を合わせる。

ルーメンが語り始めた。

「奥様、三ツ色センセーね、お葬式の次の日、学校に来たんですよ。

ひどい顔して。センセーまで死にそうだったの覚えてます。

他の先生たちがおろおろしてました。

なのに、その顔で教室に来て、

みんな出席してるか、とか、課題の提出はすんだかとか言うの。

もう、アタシら引いてました。

センセーにそんなことさせるアタシらって、ダメダメじゃんって。

そんでね、ウチ母子家庭だったから、

ママがね、センセーにいろいろ相談してたんだけど、

アタシさ、迷惑ばっか、かけてたの。補導されたりさ。

なのに、その日にさ、アタシを捕まえてさ、

『お母さん、元気か。お前、ちゃんと家帰ってるかだって』

奥さん、亡くなって、ゾンビみたいな顔して、そう言うの。

バカじゃん、この人。そう思うでしょ、

奥様、ねえ」

いや、バカだって言ってるじゃん。しかもゾンビかよ。

「奥様、アタシたちが、大事な時間を奪ってごめんなさい。

奥さんと先生、きっと、もっといっしょにいたかったはずなのに」

ルーメンが、深く頭を下げた。

顔をあげて私に向き直り、

手をついて礼をしてくれた。

「ありがとうな」

「ちゃんと、ご挨拶できてよかった」

ずっと、気になってたんだ。

大人になったルーメンが言う。

「俺は、卒業式の前の日、あのときに、ちゃんと伝わったよ」

しおかぜ町から~追憶編8最終 - しおかぜ町から

「そうかあ、でも、あの頃はアタシらもガキだったからなあ」

萌花がずっと話を聞いている。

ルーメンが、萌花の膝に手を置く。

「ごめんね、萌花ちゃんが聞くの、辛い話をしてるよね。

平気? じゃないか」

「大丈夫です、ルーメンさん。私、託されたので」

「え? 誰に?」

「カノンさん、奥様に」

お墓参りのあの日だ。

しおかぜ町から2023/08/07墓参り - しおかぜ町から

「え、なんか、この子、すごいこと言ってるよ。てか」

ルーメンがあらためて、仏壇に向き合う。

「奥様、そうなんですか?」

しばしの沈黙。

「ああ、だめだ。アタシには伝わらない」

なんでこんなオヤジが、モテるんだろ。

もう飲も、飲も。

ルーメンが、大股でリビングに戻っていった。

 

その後、萌花が呼んだ優理も加わって、

私の部屋は女子会の会場となった。

持ち込まれたワインは空になり、

私が箱買いしていたプレモルのロング缶が、どんどん開けられた。

途中で、萌花が私の頭の包帯を巻き直してくれた。

それを見てルーメンは冷やかし、

優理は「ウチの父が」と恐縮していた。

カオスの夜だった。

女子三人は、萌花の部屋で語り明かすと言って、

午前二時に帰って行った。

私がベッドに入ったのは、三時だった。

まあ、みんな満足ならいいけどな。