萌花がフランス語をブラッシュアップしたいと言う。
当然だろう。秋には、単身で暮らし始める。レストランで働き、ワインについて学ぶ。
今までは独学だった。スピーキングやリスニングは、もっぱら木俣さんとシェフに頼っている。
「フランス人の先生がいい」
もっともだと思うが、私も知り合いはいない。
「客に、フランス人はいないのか」
フレンチレストランじゃないか。
「いらっしゃる。けど、お客さまに頼めないよ」
そうかもしれない。
浮かんだのはロンバードだ。
語学講師である。仏語の講師を知っているかもしれない。
「聞いてみるよ」
「やったー! さすが」
「まだ、わからないよ」
いつものタリー◯。
やってきた。
アブドーラ小林のプロレスTシャツを着ている。
まあ、いいけどな。
事情を話すと、ロンバードが笑う。ニヤリ。やな感じ。
「フランス語なら、ボクができるよ。Oui, je peux」
「えぇ、だって、キミは英語の先生じゃないか」
「ミツイロ。カナダのパブリック言語は英語とフランス語だよ。
両方話せる人、けっこういる」
「そうかも知らないけどさ」
大丈夫なのか、と言うのはさすがに失礼か。
語学専門学校と私学(キンパッつぁんの勤務校だ)で教えている。
ただ、英語だけど。
「その彼女は、フランス語会話に慣れたいんだろう?
それなら、ふたりで楽しくおしゃべりすればいいじゃないか」
本当にそうなのか?
とりあえず、萌花に聞いてみた。
電話。すぐに出てくれた。
「うん、かまわないよ。三ツ色さんのお友達だし。
信用する」
「まあ、一度やってみて、気に入らなかったらすぐに俺に言え」
「わかった。ねえ、どんな先生? 今、そこにいらっしゃるんでしょ?」
「ちょっと、待って」
テレビ通話に切り替える。
萌花が画面に現れた。自室らしい。
「ロンバードっていう、こんなやつ」
スマートフォンを渡す。
「ハロー」
「初めまして、△△萌花と申します」
「うっぷ」
ロンバードが照れる。この野郎。
来週、私も含めて三人で会うことになった。
電話を切ったあと、
なぜかロンバードが私をにらむ。
「萌花さん、魅力的」
そうですか、それはよかった。
だけど、ロンバードさん、あなた、新婚ですからね。
「なに? 彼女、三ツ色さんの大切な人?」
少し前なら、「そんなのじゃない」と答えただろう。
だが、今では、答えにくい質問だった。
あの「ルーメン事変」からだ。
しおかぜ町から2023/06/22ルーメンと萌花 - しおかぜ町から
「そうだよ」
開き直った。間違いではない。
恋だの愛だのは別にして、
おたがいに意識していることは確かだ。
「おお、そうですか」
ロンバードが言う。
嘆くのかと思ったら、そうではなかった。
「それならば、私も真剣だね。
まかせといて。きっと、彼女のフランス語、上手にしてあげるよ」
いいやつだな、カナダ人。
今度、酒でも飲みに行こうか。
こうして、萌花の留学準備が、ひとつ進んだ。