しおかぜ町だって寒い。
急に気温が下がり、体に堪える。
慌ててダウンジャケットを引っ張り出した。
ビデオ通話。向こうはフランス。時差がある。
萌花とルーメン。ツーショット。
「おじゃましまーす」
占い師がワイングラスを掲げている。
さぞかしフランスで飲むワインはうまいだろうよ。
こちらは朝である。
黒崎樹里亜さんのことを話す。
こういうことは早めに話しておかなくては。
あとで耳に入って、機嫌を害されては困る。
「ふーん」
萌花は余裕の表情である。よかった。
「頼まれたからには、合格させてあげなくちゃ」
「そうなんだよ。責任が重い」
「まさ…… 三ツ色さんなら、大丈夫だよ」
「センセー、センセー!」
ルーメンが割って入る。
「萌花ちゃんさ、夜中に『まさみさ~ん』とか言ってもだえてるよ」
お前、酔っぱらってるだろう!
「嘘だよ、嘘、もう、ルーメン!」
「嘘じゃないわよ。さっきの、黒崎樹里亜ちゃん?
この子、平気な顔してるけど、めっちゃヤキモチ焼いてるよ」
ルーメン、お前、かき回すなよ。
「そんなことないもん」
萌花がふくれる。
「まさみ…… 三ツ色さんはだいじょうぶだもん」
だから、そんな浮いた話じゃないって。
だいたい、黒崎は高校生。これから大学受験しようって年齢だぞ。
もし、いたなら、娘のような歳じゃないか。
「だよね」
「ふ~ん」
ルーメンがニヤニヤしている。
からかう材料ができた。そういう顔だ。
まったく。
「萌花」
「はい」
「ルーメンは面白がってるけど。
もし心配なら、いつでも帰って来ていいぞ。
もう、そいつ。そこに置き去りにして」
「えー」
ルーメンが目を丸くする。
「センセーが、めっちゃ大胆なこと言ってるよ、萌花ちゃん」
「てへへ、どう? ルーメン」
萌花の勝ち誇った顔。
「はいはい、まいりましたわよ、あはは」
ワイングラスを掲げて、さすらいの占い師が笑う。
「今夜も『まさみさ~ん』ってもだえ声、聞いて寝ます」
「嘘だよ、嘘!」
いや、それ、なんて言うか。
だいたい、こっちは今、朝早いんだからな。
変な話題に持っていくなよ。
そんなドタバタのあと、トーストにマーマレードの朝食をすませて、
昔の職場に電話した。
以前、そちらで勤務してました三ツ色と申します。
「あら、ひさしぶり」
長く事務室で働いている岡本さんだった。
「うわ、ご無沙汰してます。おげんきですか」
懐かしい気分。
岡本女史には、新人時代からお世話になった。私が、まだダメダメだった頃だ。
少し近況を話し、気心の知れた坂田先生に取り次いでもらう。
黒崎樹里亜のために、最近の入試事情を聞きたかった。
もちろん、キンパッつぁんに頼んで資料を集めてもらうことはできたが、
私自身が以前の職場を、見たい気持ちがあった。
「おう、三ツ色、久しぶり」
「ごぶさた、さっそくだけど、実は」
事情を話すと、一般的なことだったらいいよ、と承諾してくれた。
今日の午後なら、2時間ほど時間がとれるぜ。
そう言ってくれたので、
私は久しぶりに、昔の勤務先を訪ねることにした。