退院した。
幸い後遺症も無く、
あばらと鎖骨の痛みも、ほぼ無くなった。
およそひと月ぶりの自宅。
しかも萌花がいる。
「荷物はそれだけ?」
キャリーケース2つが、彼女の荷物だ。
「着替えと身の回りの物くらいだから。
要るものがあったら、取りに帰るし」
実家まで十分くらいだ。
「フランスにも、私物を置いたままになってるし」
そうなのだ。私の怪我の報せを受けて
躰ひとつで飛んで帰って来たのだ、彼女は。
「いつ頃、向こうに行く?」
修行していた店への挨拶や、部屋の整理のために
もう一度渡仏しなければならない。
「うーん、早いほうがいいんだけど。どうしよう」
まだ、三ツ色さんをひとりで置いていけないしなあ。
私の顔を覗き込む。
「ごめんな」
退院したんだから、大丈夫だよ。
言ってはみたが、確かに不安なことも多い。
「気にしないでよ。そのために帰って来たんだし」
三月になれば行けるだろう。
そう話し合って決めた。
「桜が咲くまでに、戻ってくる。
お花見、いっしょにしたいし。
それにルーメンさんも、その頃、帰国するって言ってたし」
ルーメンはさすらいの占い師。
今はポルトガルにいる。先週、オンラインで話をした。
彼女はタビラという街の、けっこうなリゾートホテルにいた。
いいなあ。病室の私は、思わず言っていた。
そのルーメンが帰ってくる頃には
もう暖かくなっているだろう。
さんざんな新年だったが、そろそろツキも回ってきてほしいものだ。
あらためてルーメンに占ってもらおうか。
萌花がビールを運んで来た。
「少しだけだよ」
ささやかに乾杯。退院祝いである。
久しぶりのビールは、沁みた。