しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から2023/07/25振り返るとき

しおかぜ町もひどく暑い。

ビール以外、あまり水分を摂らない私は、

気を付けなくては。

 

『スーパーおとくに』の隅っこ、

涼しい場所でクニエダさんが座っていた。

経口補水液のペットボトルを持っている。

「どうされたの?」

レジ係に尋ねる。

「休んでもらってるんです。

ご来店されたんですけど、

暑さで辛そうだったので」

ナイス!

倒れてからでは、遅い。

クニエダさんは95歳である。

こんな暑い盛りに買い物に出なくてもいいのに。

私を見て手を振ってくれた。

デイサービスのお世話になっているが、

しっかりしたものである。

それでもこの暑さは、毒だろう。

 

「そう言えば」

レジ係が、私に話しかける。

ニコニコしている。

はい、何でしょうか?

「おめでとうございます」

お祝いを言われることは、何もないはずだが。

誕生日はひと月先だし、文学賞も受賞してないし。

ましてや…… ん?

「三ツ色さん、萌花さんと……」

はい? 

「ご結婚? ご婚約? おめでとうございます」

はあ? いや? どこで、そんな話が?

「いやあ、三ツ色さん、おめでとう。結婚だって?」

社長まで、出てきた。

「お祝いしなくちゃ。なあ」

社長とレジ係が、うんうん頷きあっている。

「いや、なんでそんな話に?」

「いや、三ツ色さんと萌花ちゃん、ご両親が、顔を揃えて。

シェフが仲人をやるんだろって」

あの、ワイン留学の相談だ。

しおかぜ町から2023/07/06萌花withパパ&ママ - しおかぜ町から

しおかぜ町から2023/07/09萌花withパパ&ママ(つづき) - しおかぜ町から

誰が見たんだ? 

あれは、レストランの開店前だった。

客はいなかった。

「いやね、あそこに野菜を入れてる業者が、

うちにも卸してるのさ。

ふと、店内見たら、

みんな顔を揃えて和気あいあいと、って

この前、来たとき話してたのさ」

まいったなあ。どこの業者だ、想像力が過ぎる。

説明をする。

結婚どころか、彼女は秋にはいなくなるのだ。

2年はフランスで、修業する覚悟だ。

「えー、そうだったのか」

なぜ、社長が残念がる?

「でも、お二人は、お付き合いされてるんですよね?」

レジ係が、確かめる。

 

微妙な質問だ。

こんな私でいいのだろうか。

そう思う。

自信がない。

「まあ、そう、なのかなあ」

煮え切らない返事になった。

「そこは否定しないんだ!」

社長とレジ係が喜んでいる。

社長は、おっさんなのに「キャッキャ」言っている。

なんで、キミたちがうれしいの?

それと、クニエダさん、店の奥で、

ほったらかしになってますが。

 

用事を済ませて『おとくに』を出た。

帰り際、レジ係が言った。

「萌花さん、うれしいと思いますよ。

いつも三ツ色さんの話、してはりますもん」

 

萌花は、私の過去を知っている。

妻がいた。

それを承知の上で、思ってくれている。

ありがたいことだ。

ただ、彼女の両親は複雑な思いだろう。

バンド活動と共に、

私には、自分の過去を考える、そんな時期が来たようだ。