しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から~追憶編5

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「キーボードが必要やと思うねん」
祇園祭の前、暑い日だった。

島田はまじめな顔をしている。

「音に厚みが欲しいねん」
私は必要ないと思った。四人で実績を作ってきたのだ。

サークル内では一目置かれる存在だ。ライブでの評価も高い。

 

城間が反応した。
「そうですね」
「いいんじゃないですか」
頷く具志堅。テニスウエアではなく、ハイビスカス柄のシャツを着ていた。
私は黙っていた。

どっちでもいいや。自分を納得させた。

 

翌日、新メンバーが現れた。
「どや、かわいいやろ」

島田の第一声だった。

女子大一回生の富田カノンは、恥ずかしそうに笑っていた。
「彼女はええぞ」
島田が、無表情な私を見て言った。

沖縄出身の二人はうれしそうだ。

 

私は懐疑的だったが、すぐにその考えを改めることになった。

彼女は逸材だったのだ。
楽譜も読めたし、島田の要求にすぐに対応できた。

ピアノだけではなく、電子オルガンやシンセも扱った。作曲もする。
練習の休憩時、島田は煙草を吸うためにどこかに消える。いつものことだ。
その間、私たちが談笑していると、カノンは積極的に輪に入ってくる。

できるだけコミュニケーションを取ろうとする彼女に、私は好感を持つようになった。

 

彼女が客前に出ると、一気に人気が出た。

カノン目当ての客が増え、カメラを構えるファンも現れた。まるでアイドルだ。

ブルースバンドとしてはどうなのか。

私は複雑な気持ちだったが、客が多いのはいいことだと考えた。
 

音楽雑誌にも載った。カノン中心の記事だったが、大きな扱いだった。
ステージの回数が増え、島田の機嫌はよかった。

その年の十二月、スケジュール帳が真っ黒になっていた。
  
新年の二日。具志堅、城間と私は、河原町の喫茶店にいた。

バンドはクリスマス前から十七本のステージをこなしてきた。

年が明け、時間ができ、同期メンバーで集まった。

沖縄出身の二人は里帰りもしなかったのだ。

 

街は初詣の人で賑わっている。

この時期、コーヒー一杯が千円。

いつもの倍だが、仕方がない。

「試験、だいじょうぶかなあ」
城間が嘆いた。後期試験が始まる。

自分たちは大学生だ。プロのミュージシャンではない。留年など、親が許さない。

春からは三回生で、将来のことも考えなければならない。

三人同時にため息をついた。

他にも気になることがあった。
「島田さんはどうするんだろう」
まもなく卒業である。彼は就職活動などしていない。

バンドを続ける気なのだろうか。
「家の手伝いをするって言ってたよね」
具志堅が言う。寒さが苦手で、喫茶店の中でもマフラーを巻いたままだ。
「小さな運送会社だって」
城間が言った。やはり寒そうだ。

春からの自分たちを想像してみた。
社会人と大学生。地元で人気のアマチュアバンド。

プロになれる保証などない。

島田は実力者かも知れないが、それでデビューできる世界ではあるまい。

わかりきったことだ。富田カノンに人気があっても、変わらない。
「目標はプロだ」
島田のことばに惹かれたのは確かだ。
ただ、自分がプロになりたいのか、よくわからなかった。具志堅と城間も同じだろう。

 

「とにかく、試験、がんばろう。なあ、フランス語演習のノート、ちゃんと取ってる奴、知らないか」
二人が首を横に振った。

私は冷めたコーヒーを飲んだ。

一杯千円のコーヒーだ。