しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から~追憶編4

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後期試験が終わり、久しぶりに部室に行くと、島田が待ち構えていた。
「お前、こういう演奏できるか」
CDプレーヤーのボタンを押す。
むせび泣くギター。ゲーリー・ムーアだ。

『パリの散歩道』
もちろん曲名は知っている。
「それでな」
島田が顔を近づけた。
「俺、これ歌いたいから。練習するで」
彼は『スティル・ゴット・ザ・ブルース』を鳴らした。

大学生が演奏するような曲ではない。

 

「弾けるか、テクニックだけとちゃうぞ」
「先輩、舐めないでくださいよ」

言っていた。
「言うたな」
楽譜が放り出された。
「城間と具志堅は」
「あいつらにも渡す。スタジオも借りてる。明日からやぞ」

 

練習が始まると、島田は王になる。奴隷を従える大王だ。
「偉そうに言うてたのに、全然あかんやん」
「だけど」
確かに、本家のようには弾けない。

だが、大きなミスをしているわけではない。

「テクニックだけとちゃう、言うたやろ」
ようやく大学二回生になる若造である。

人生経験や苦悩がにじみ出る、そんな音が出せるはずがなかった。
言い返したかったが、思いとどまった。

この曲はギターに尽きる。

ギターが泣かなくては意味がない。それはわかっていた。

島田のボーカルは気持ちを震わせた。

歌で泣いている。

二歳年上なだけだが、それができた。

ユニークなギター弾き。そんな評価はまっぴらだ。

私はくちびるを噛んだ。血の味がした。本気になった。

 

レンタルスタジオを借りた。そんなことは初めてだ。

バイトする暇などない。費用は親に頼んだ。
「私大の授業料、安くないんだぞ」
父親が渋い顔をする。

いつか親孝行するから。

クサいセリフを言って、頭を下げた。

指先が切れる。絆創膏を貼ると音色が変わる。

それもいいかもしれない。試行錯誤した。
新年度の講義を欠席した。

時間が惜しい。

ギターを弾いていたい。

 

見かねて、城間が言った。
「それはだめだよ。授業には出ようよ。

三ツ色くん、教職課程も取ってるでしょう。出席しないとだめだめ」

「そうさあ。僕はテニスも、続けてるよ。

でも。やるべきことはやったほうがいいよ」
具志堅、ピンクのカーディガンを肩にかけている。

「音、変わって来てる。いっしょにやってたらわかるさ。だからさ」
城間が私の背中を軽く叩く。

小さな手だが、上手なベーシスト。

「先輩もわかってると思うよ」

具志堅が肩に手を置く。

たくましく大きな手のひら。

気持ちが楽になった。


四月の中頃、島田が言った。
「まぁ、ようなったんちゃうか」

 

五月の連休に初披露した。

いつものライブハウス。客の耳は肥えている。
ソロ。

祈った。ギターよ泣いてくれ。

観客が聴き入る。島田のボーカルが冴えた。

目を潤ませる女性さえいる。手応えはあった。

 

控え室へ戻って来ると、島田は無言だった。不機嫌な様子にも見えた。
「先に帰るわ」

島田が片手を上げて出て行く。

私たちは顔を見合わせた。まだ片付けの途中だった。