しおかぜ町から

日々のあれこれ物語

しおかぜ町から~追憶編6

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卒業後も、島田は私たちと活動を続けた。

さすがに、大学で練習するのは気が引けたのか、自腹でスタジオを借りた。

その頃から、彼はデモテープを持ってプロダクションを訪ね始めた。

音楽事務所の多くは東京にある。

交通費は馬鹿にならなかっただろう。
興味を示した会社もあったが、

それはほとんどの場合、カノンに対してだった。

彼女単体なら、そういう事務所もあったらしい。

 

島田が勝手に動くので、私たちは戸惑った。

バンド活動は順調だったが、プロとなれば話は別だ。

才能あるプレーヤーはたくさんいるのだ。

 

相談がある。富田カノンが連絡してきたのは、大学祭の二日後だった。

ポプラの落ち葉が風に舞っていた。
河原町の喫茶店。コーヒーはいつもの値段だ。
「えっと、あの」
カノンが話し出したが、あとが続かない。

下を向いている。時間が過ぎる。
「話したくないなら、無理しなくても」

少し、しびれを切らした。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
彼女が慌てる。客前のカノンとは違う。

店の入り口を気にしたりする。

もしかしたら。

「誰かに付きまとわれて困ってる、とか?」
カノンが目を見開いた。
「わかります? まさみさん」
彼女は、私を名前で呼ぶ。

具志堅は「ぐっしーさん」、

城間は「ジョウさん」。

島田は「島田さん」だ。

 

「よかった、まさみさんに言って」
予想はできた。

彼女のファンは熱心だ。暴走するかもしれない。

場合によっては、警察に相談しようか。

「相手が誰かは、わかっているのかい」
カノンがまた黙る。涙が浮かんでくる。
十数秒後、決心したようだ。彼女が言った。

 

「島田さんです」

 

今度は、私が黙った。カノンが説明する。


加入してすぐに、島田が誘い始めた。

理由を付けて二人になろうとする。

最初はコーヒー程度だったが、それが酒を飲みに行こうになった。
「私、未成年ですよ」
断っても執拗に誘う。 

 

島田のアパートで打ち合わせをする。他のメンバーも来ると聞かされた。

たまたま具志堅にその話をした。
「あれ、僕たち、その日は沖縄出身者の会があるよ。城間も行くよ」 
怖くなって「急用ができた」と断った。
「なんやねん。予定、狂うなあ」
島田は怒った顔をしていたそうだ。

私がまったく知らない話だ。

ライブの打ち上げのあとは、いつも以上にしつこい。

ホテルの前まで連れて行かれたこともある。
「今まで、なんとか断ってきたんですけど、最近は……」
東京のプロダクション回りに連れ出そうとしている。
「そんなのお泊まりじゃないですか、当然」
カノンが顔を歪めた。

 

二人ならデビューできる。そう言っているらしい。

 

何だというのだ。

勝手な先輩だが、少なくとも、バンドのことを考えて動いている。

そう思っていた。

私は舌打ちをした。

 

昨日は彼女の自宅近くに現れた。待ち伏せと言っていい。
大学から帰ると、島田がいた。まだ早い時間で、それほど暗くない。
しばらく話をした。道ばたである。また、プロデビューの話だった。

 

とてもそんなこと、考えられない。

同じことを答えた。
突然、抱きつかれた

車も人も来ない、その時を狙っていた。

顔が近づいて、たまらず大声を出した。

さすがに、それで放してくれたという。

 

カノンは顔を赤くした。
「私、もういっしょにできません」
言って唇を噛む。

 

私は腹を立てていた。
『パリの散歩道』や『スティル・ゴット・ザ・ブルース』がなんだというのだ。

何が「テクニックだけちゃうぞ」だ。

あんたは何をやっているのだ。

 

それにしても、と思った。

なぜ自分なのだ。

冷静な城間や、明るい具志堅ではなく、なぜカノンは私に相談しているのだ。

「事情はわかった。心配しないで。

で、僕らは、

いや、僕はどうしてあげればいいかな」

 

すぐに、答えが返ってきた。

 

「守ってほしいんです。私を。守ってください、まさみさん」

 

翌日、「京都烏丸ブルースバンド」は崩壊した。